11.5話

友だちの皆瀬 愛ちゃん、あーちゃんは凄い人だ。

成績は常に学年トップ10に入ってるし、体は小さいけど運動だってかなり出来る。おしゃれやメイクにだってかなり気を使ってるし、読者モデルに誘われたことなんかもあるらしい。家事炊事も日頃からやってるらしく、実際に調理実習の時は慣れた様子でてきぱきと調理して慣れてない人にも出来るような指示を出してた。いつもちょっとダウナーっぽいんだけど、その分笑ったときの顔がとてもかわいい。もちろんいつもの素の顔もかわいいけど。


何よりすごいのは、彼女は人との間に壁を作らない。きらきらした容姿の女子でもオタクグループの子でも、ちょっと不良入ってるイケメンもぽっちゃりのグルメくんなんかも普通に全く同じ態度で接する。あーちゃんみたいなタイプが気に入らないような人でも関係なく話しかけるので、相手も毒気を抜かれる事が多い。

このクラスはカーストとかないから気楽、なんてあーちゃんは言うけどそれは少し違う。

あーちゃんがいるからおかしな階級とかないんだ。

あーちゃん自身がとても魅力的な人で、そのあーちゃんが中心にいるから階級じゃなくて円卓のような関係性がクラスに築かれているんだと思う。



あーちゃんと知り合ったのは高校に入ってから。クラスが同じで(この学校は3年間クラス替えがない)たまたま近くの席に座ってたから話すようになった。

その時はまだわたしの方は少し警戒が残っていたけど。あーちゃん既に優等生ギャル風だったし。


本当に自慢するわけではないのだけど、わたしは客観的に見てもかわいい部類に入る。ぶってるわけではないけど、最低限の身だしなみを整えたりとか好きな服を着てるだけで、家族や数少ない友人なんかもかわいいと絶賛してくる。

だからまぁ、小さい頃からモテた。小学校のころはバカな男子たちが気を引こうとしてかしょっちゅう意地悪してくるし、変なプレゼントをくれたり手伝いをしてくれたり。それが女子からはやっかまれる。あの子はあたしが好きなんだから盗らないで!なんて泣かれたこともある。

中学の頃なんて数えるのも面倒なぐらい告白された。それがまた女子の嫉妬を呼ぶ。そういう年頃だから、みんな恋に浮かれてる。浮かれてるところに意中の相手がわたしに告白した、なんて聞くと水をぶっかけられた気分になるんだろう。

わたしは他人の恋路を邪魔する気もないし、子供の頃からの体験から同世代の男子なんてガキにしか思えないから全てお断りしていたんだけど、それがまたお高く止まっている、とやっかみを呼ぶ。言われっぱなしではいなかったけど、それすらも反発を呼んだ。完全に袋小路だ。

おかげで中学時代の思い出なんてロクなものがない。


そんな環境を変えたくて勉強を頑張り、地元から少し離れた今の学校に進学した。

進学校だから勉強は大変だけど、中学までの同級生はひとりもいない。

ここでなら青春をやり直せる、そんなふうにおもっていた。

でも、ここでも結局同じことになった。


鍋島、という女子にトイレに呼び出された。クラスが違うからほとんど知らない相手だけど、あっちはわたしのことを知ってるらしい。


「あたしの先輩に手ェ出さないでくれない?」


正直、心当たりがなかった。部活にも委員にも入っていないから先輩と接する機会なんてほとんどない。


「誰のこと? 心当たりないんだけど」


「は? とぼけんなよ」


胸ぐらを掴まれて凄まれる。鍋島はギャル(あーちゃんや影山さんみたいな優等生ギャルじゃなくて、がっつりメイクとか校則無視して着飾ってるタイプ)入っててキツめの顔立ちなので、少し怖い。

どうもわたしの知らないところで見知らぬ先輩とやらがわたしを見初め、その先輩に惚れてた鍋島が何故かわたしに文句を言いに来た、というわけだ。

またか、とウンザリする。


「わたしはその先輩とやらに1ミリも興味ないから関係ないんだけど」


「は? それ嫌味?」


胸ぐらを掴む手に力が入る。こういう人は話を聞かないから面倒だ。多分その先輩とやらには相手にされてないんだろう。だからわたしに当たるんだ。本当に迷惑極まりない。


「じゃあ、あんたがあたしと先輩のこと上手いこと取り持ってよ」


「なんでわたしが…」


「人の男に手ェ出そうとしたんだから当然だろ」


滅茶苦茶だ。理屈もなにもあったもんじゃない。完全にわたしに対する敵意だけが爆発してる。

本当に、めんどくさい。


「あのね…」


「それさ、志津木さんカンケーないじゃん」


反論しようとしたところで割り込んでくる声があった。見ると、あーちゃんがトイレの入口に腕組みして立っていた。


「なんだお前」


「その子と同じクラスの皆瀬。とりあえず、手離しなよ」


あーちゃんはつかつかと歩いてきて鍋島の腕を掴むと、胸ぐらをつかむ手をスルッとほどいてしまった。かなり強い力で掴まれていたはずだけど、なにか武道でもやってるんだろうか、なんて思った。


「なんなんだよ…」


腕を押さえてる鍋島も突然の割り込みにちょっと戸惑っている様子だった。


「志津木さん、だいじょぶ?」


「う、うん。ありがと」


わたしが頷くと、あーちゃんは安心させるように微笑んて、乱れた襟元を直してくれた。

鍋島のほうを向いた顔は怒るでも責めるでもなく、いつものフラットな表情だった。


「あんたさ、その先輩に告白したの?」


「お前に関係ないだろ」


「あるよ、友だちが迷惑かけられてんだし」


友だち、と言い切る彼女にちょっとびっくりする。わたしはまだ少し壁を作っていたし、彼女もそれには気づいているようで一定以上には踏み込んで来なかったから。


「こ、告白はしてねーけど…先輩はそこのそいつみたいな女が好みだって…」


「だったら変わればいいじゃん」


「顔のいいやつにはわかんねーよ。メイク落とすと自信がなくなんの、こっちは」


気がつけば鍋島も刺々しさが抜けて、完全にあーちゃんのペースに飲まれていた。案外、物怖じせずに直球で話してくる相手には慣れていないのかもしれない。

それにしても顔に自信がなかったのか…。わたしにはよくわからないけど、そういう子にとってメイクは自分を守る鎧のようなものなのかもしれない。強く当たるのも、自信のなさからくる臆病な気持ちの現われなんだろう。


「わかった、じゃあメイク直そう」


「は?」


「とりあえずあんたは全体的にケバすぎ、見た感じ彫りが浅いんだか無理に立体感強調したって不自然に見えるだけだよ」


「え、ちょ」


「放課後付き合いな、イチから指導してあげっから」


「か、勝手に決めるな」


「うっさい、私の友だち巻き込んでる時点で拒否権ないわ」


休憩時間終わるから戻るよ、とあーちゃんは私の手を掴んで引っ張っていく。

ポカンとした表情で立ちすくむ鍋島がちょっと面白かった。



で、あーちゃんは本当に放課後に鍋島のクラスに乗り込んで、ズラッとメイク道具を並べて講座を始めた。鍋島もそのクラスメイトも最初は戸惑っていたけど、あーちゃんが真剣だとわかると徐々に本気で聞き始め、気がつけばうちのクラスや他のクラスの女子もあーちゃんの話や実演を真剣に見ていた。

で、あーちゃんマジックで鍋島はケバめのギャルからちょっと強気っぽい爽やか系女子になった。


「これが、あたし…」


コンパクトを見つめて戸惑う鍋島。ドヤ顔してるあーちゃんがかわいい。


「志津木さんとは系統が違うけど、これなら顔で相手にされないってことはないでしょ」


「そう、かな…?」


「だいじょぶだいじょぶ。どっから見ても美少女だよ」


ねー、と聞くと、周りの女子たちも絶賛する。全然かわいい、絶対いける、なんなら私が付き合う、とりあえず抱かせろ…等など。最後の人はどうかと思う。


「とりあえずアタックしてみなよ。他人に八つ当たりするよりずっと健全だよ」


「で、でも…」


「いきなりやれとは言わないよ。とりあえず明日からこういうメイクにして過ごしてみ。それで自分のかわいさに自信がついたらアタックしてみるといいよ」


あーちゃんが花のように笑って言うと、鍋島も覚悟が固まったらしい。


「その、ありがと、皆瀬」


照れたように言う鍋島は、たしかに美少女だった。


「私はいいから志津木さんに謝りな」


「そうだね…、志津木さん、その、ごめんなさい。八つ当たりでした」


その時には、もう鍋島に対する敵意みたいなものはなかったように思う。目の前にいるのはただの恋に惑う普通の同級生の女の子だったから。


「いいよ。告白、上手くいくといいね」



結論から言うと、鍋島はフラれた。

わたしとあーちゃんを呼び出して、泣き笑いながら「フラれちゃった」と報告する鍋島をあーちゃんは黙って抱きしめた。…あーちゃんのほうが背が低いから、鍋島の胸に顔を埋める形になったけど。

あーちゃんの首筋に顔埋めながら、鍋島は泣き始めた。つられたのか、あーちゃんも泣き始めて、気がつけばわたしも泣いていた。3人でわんわん泣いて、気がつけば笑い合っていた。ベッタベタな青春ドラマみたいだけど、悪くないと思えた。

今では鍋島…鍋ちゃんもいい友だちだし(ちなみのこのすぐ後にクラスメイトのイケメン君に告白されて付き合い始めた)、メイク講座を通じて他のクラスの友だちも増えた。


愛ちゃんは凄い人だ。

灰色の青春に片足を突っ込みかけてたわたし達を引っ張り上げてくれた。家族にも「高校に入ってから表情が明るくなったね」って言ってもらえた。友だちも増えて、学校が楽しい。勉強は大変だけど。

大げさかもしれないし本人は謙遜するけど、わたしはあーちゃんに救われたんだ。


だから、そんなあーちゃんに友情じゃない好意を抱いても、仕方ないよね。

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