地下回廊
「シン、疲れた。滑ろう」
水路を歩き続けるのはやめた。靴は濡れるし、ズボンも重い。どうせならさっさと滑ればいい。止まりかけるたびに、レイがシンの頭を蹴飛ばしてきた。それもやめた。
「シン、寒い。そこに通路がある」
二人は水路を整備するための窓があるので、そこから入ろうということにした。人が一人通れるくらいの通路を抜けようとすると、前から青年らしき奴と出くわした。
「シン、退いて!」
シンを踏み越えたレイは逃げる相手を追いかけた。抜いた剣が壁を削る。火花が狭い通路を照らした。
「止まれっ!」
レイは相手の顔面を丁字路の壁に押しつけた。この地下では、円柱の中心部から水路と回廊が螺旋のように並走しているらしい。居合わせた他の連中は貫頭衣を腰で結んでいた。あきらかにこの青年より劣る格好だ。シンが後ろから恐る恐る顔を覗かせて、七人の貫頭衣を見た。
「平気だよ、シン」
レイは呼んだ。機敏に動こうとする者はいないし、シンなら襲われる心配もない。
「貴様、ここが領主様の宮殿だとわかってやっているんだろうな」
レイが手で押さえた青年が、壁に向いたまま虚勢を張った。
「知るか。考えて話せ。わたしたちにわかるように話さないなら殺す」
「誰が話すか」
レイが青年の手の甲に剣を突き立てた。叫び声が回廊に響いた。相手の手の甲を裂くように動かした。シンは他の連中に、座るようにそっと手で制した。彼らは緊張しながらも言うことを聞いて膝を抱えた。
「話す!話すからやめてくれ!何でも話すからやめてくれ。ここはミタフの村だ」
「死にたいのね。ミタフは呪われた村。わたしたちも訪ねてきたし、バケモノに襲われた」
「待て待て待て。呪われたミタフの村人はこうして隠れるように生きているんだ。ここで俺たちは奴らを働かせている。上で穫れた麦を地下の水路で港まで運ばせている」
「わからん」
レイはシンを見た。するとシンも首を傾げていたので、安心してもう一つの手の甲も突き刺した。
「ちょ、ちょっと、レイ……」
「これまで俺は領主様なんてものは見たこともない。ミタフが呪われてから千年近く、イモジ一族が領主代理として任されている」
「あなたは誰?」
「だから俺もミタフなんだ。ここにいる連中はみんなミタフなんだ」
「訳わかんない。他の奴に聞いてみるか。話にならん」
レイは手の甲から剣を抜いて太ももに突き刺した。
「他に聞いてくれ。俺はイモジ様から命じられて監督をしているにすぎない」
「ミタフ同士で監視しているのか。コロブツの街にいる女たちもミタフなんだろうが」
「見せしめだ。人と交わることも許されないまま生かされている。連中は俺たちみたいになることを拒否した」
レイはシンに首を傾げた。
「同じ村の連中を監視するなんてことはしたくないと。呪われてる同士で。呪いとはコロブツの地に魂を縛りつけられることだ」
威勢のよかった若者は、息も絶え絶えに涙ながらに話した。
「解放されることなく働き続けるんだ。街の女たちは人の暮らしを見せつけられたまま、誰とも交流もできずに暮らし続けている。呪いだ」
「何年?」とレイ。
「わからん。だが我々にも自由が許されるときが来ている。だから殺さないでくれ」
「おまえは命令してる。他の奴らと服も違うし、元気な顔だ」
「今は支配側の役をしている。いつ変わるかわからない」
役でするのか?
レイは理解しようとした。村でいたときの大人たちが、この回廊での青年で、他は自分の同じ立場だ。
「俺も上級民になればイモジ様たちと話せる。いい暮らしができる」
「おもしろいのか。わたしは奴と話したし、メシも食べたが、二度としたいとは思わない」
青年は涙を流した。手の甲を裂かれて太ももを突き刺され、額の深紅の眼で脅されれば泣きたくなる。
「彼女たちは誰からも無視されたままコロブツに繋がれているのか」
「奴らは選んだんだ。いつの日か誰かと話せると信じた。解き放たれるように祈ることにしたんだ。呪いをかけた相手にだぞ。呪われた俺たちが、いつか救われることなんてないのに愚かな連中だ。イモジ様の言うことを聞かずに強情するもんだから見せしめにされたんだ」
レイは剣を抜いた。トマヤたちはつらい思いをしている。この気持ちは何だろうか。喜怒哀楽のすべてが混ざったような。前の青年を八つ裂きにして済むことでもない。
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