レイの涙
シンは立ち上がると、椅子の下から飛び出していたハンドアックスを引きずり出した。重みを腕に染み込ませるように持ち上げた。
「おまえら、こそこそ隠れてないで出てきてもいい頃だろうが」
三人の影が現れた。
おまえらかよ。
とんだ食わせもんだ。
「待っていたんだ。この剣さえあれば何とかできるだで」
「どこでどんなつまらない話を聞いてきたんだか知らんが、欲しけりゃくれてやる」
「途中で話が変わった。院長が素直に渡してくれれば済んだのに、抵抗するから斬られるだ」
「彼女はどこにあるかなんて知らなかったんだよ。僕が隠したんだからな。で、おまえが刺したのか」
「誰でもええ」
「生きて帰れると思うな」
「う、うるさい。院長はおらたちを騙してたんだ。他の村の連中は追い返されたんだな。おらたちの仲間は村で次の麦の作業しとる」
「考えてもみろ。おまえたちがどんな助っ人を連れて来たとして、何ができるんだ。彼女の立つところからおまえたち自身を見てみろ」
「おらたちならやれる」
「なぜ他の連中は諦めたんだ。今はおまえたちしかいないんだ」
「院長にそそのかされただ」
「他の連中とやらが、何ともなく村に帰れた理由はわかるか」
シンは自分自身の気持ちを鎮めるために、わざと穏やかに聞いた。剣を構えた一人は震えていた。構えるだけで精気を吸い取られていた。
「院長は、すべてなかったことにしてくれたんじゃないのか。領主様とやらは反乱しようとした連中を許してくれるくらい慈悲深いのかよ」
「院長は何もわかってね。奴らは弱虫だで」
「弱虫?本当に強い人はな、苦しいことを自分の心だけに留めておくことができるんだ」
シンはハンドアックスを農夫たちの前に差し出した。
「剣を離せ。おまえには扱えない」
「偉そうに言うじゃねえか。確かに奴らには扱えん。だが俺なら扱えるかもしれねえぜ」
聞き覚えがある声が聞こえ、タペストリーの後ろから馬飼いのミタフが現れた。武器を手にした仲間たちが続いた。シンは今、とんだ茶番に付き合わされていると気づいた。
「この人なら剣を扱えるん」
農夫は浅い息を繰り返した。女王の剣が、彼の命を奪おうとしているのを、ミタフは確かめようとしている。人身御供だ。農夫は女王の剣と国ノ王の剣を持ち去ろうとした。
馬飼いのミタフと仲間が助っ人となると、馬方組合も怪しい。コロブツの顔と繋がる組合は、シンたちを口封じのために殺そうとした。
「なぜ今頃欲しくなったんだ。あのときからか。魅入られでもしたか」
「剣が俺を選ぶんだ。今回も二振りの剣が俺を呼んだんだ」
「怖いんだろ?だからおまえは誰かに持たせて様子を見てるんだ」
「偉そうに言いやがる」
「図星だろ?」
庭で三人の悲鳴が聞こえた。一人は怯えて振り返ると、馬飼いのミタフの手下が村人を殺していた。
「やることが下衆いな」
「領主に反抗しようとして生きられるわけがねえだろうよ。イモジさんの言葉だ」
「イモジねえ」
シンは礼拝堂の真ん中を出入口に向かって歩いた。ミタフ自身は隅にいた。息子たちに任せる気でいるらしい。シンに近づいてきた。連中は持っていた得物を使いたくてしょうがないという顔をしていた。
「ズミはどうした」
「知るかよ。どこぞに逃げたんじゃねえのか。村にでもいるかもな。前にも話したが、俺のところには鼻つまみもんしかこねえからな」
シンは我ながら呆れた。信じるべき人を信じないで、疑わなければいけない相手に弄ばれた。信じなければいけないウラカの命は、今まさに消えようとして、目の前で敵はせせら笑っている。この込み上げてくる気持ちは何なんだと自問自答した。
「領主とやらを倒せよ。領主代理か。そんな長いもん持ってるくせに、いちいちやってることがせこいんだよ」
シンは長椅子に駆け上がると、ミタフに襲いかかった。彼も剣で跳ね除けた。右のハンドアックスで後ろの息子の太ももを絡め上げた。剣が落ちて、背もたれが飛び散った。
「治癒の術を使うと体力が落ちると聞いたが、どういうことだ」
「使えなかったんだよ」
シンは頭に来ていた。椅子に転げた息子の顔にハンドアックスを叩き込んだ。血飛沫が上がる。馬飼いのミタフを誘うように表へと出た。
「百姓崩れのくせに、なかなかやるじゃないか。だが俺も引き下がるわけにはいかんのでな」
「あんたはお百姓さんじゃなかったような言い方じゃないか。剣を手に入れたんだ。さっさと仲間とやらを集めろよ。僕たちを馬方組合に売ろうとするほど薄汚れた奴だろ?」
「舐めるな」
「汚いツラ舐めるか」
シンはハンドアックスをホルスターに戻し、死んだ農夫から女王と地面から国ノ王を拾い上げた。
「てめえは振れば死ぬという剣を使う気でいるのか」
「おまえほど臆病でもない」
「てめえ……」
礼拝堂のレイとウラカが、祭壇の下で重なり合うのが見えた。シンは右手に持った女王の剣を横に真一文字に振り抜いた。剣は礼拝堂ごと祭壇より上を斬り捨てた。一気に視野が狭くなり、音が遠ざかる。
こいつはダメだ。
一振りで精気を吸われる。さすがに使いこなせない。レイはウラカに集中していたようだ。
「強いじゃねえか」
「寝言は寝てから言え。おまえがびびってる間に、こんなもん誰かに使われるぞ。これを持って領主か代理でも倒してみな。根性あればな」
ミタフは身を低くして下段でスネを払いに来た。シンは左の国ノ王の剣で止めると、ミタフの剣がちぎれた。この世界の異様には慣れていたが、剣が人面に変化してのたうち回るのには驚いた。この世界、まだ知らないことが多い。ミタフは闇へと逃げた。シンは追いかけずに、ウラカのために祭壇へと戻った。
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