第23話 割られていく飴細工
割られていく飴細工
7月26日
「いーさーとー」
「ん」
今日は俺の方が起きるのが早く、俺は荷物の整理をしていた。その音で起きた飴は目を擦りながらフラフラと起き上がる。すると、ノックもしないでドアをガラガラッと開けられる。
「テレビつけてみろ」
悠鶴さんは勝手に上がってテレビをつけると、そこには速報でニュースが流れている。
〈流麗月晶の家宅捜査を行ったところ、妻と娘である流麗月
「ふーん、警察も馬鹿だなぁ」
悠鶴さんは急に警察を罵り、テレビから視線を外さずにそのままの声色で言う。
「俺だったら家の中調べる前に庭調べるね」
その言葉に俺と飴はゾクリと肩を震わす。死神の鎌が首にヒタリと当たっているような、そんな冷たい感覚に襲われる。
「俺が思ってたより向こうは馬鹿だからあんま急がなくても良いかもね。君たち詰めが甘いだけで経験したらすぐに学習するタイプだからきっと逃げ切れるよ。まっ、その詰めが甘いのが命取りになったりするから気をつけなー」
悠鶴さんは猫のように背伸びをしてからご飯ができたと報告して先に降りて行ってしまう。俺と飴はゴクリと喉を鳴らして顔を見合わせる。
「伊聡、あの人何?神様?」
「さぁ、天使なのか悪魔なのか」
神なのか人間なのか、天使なのか悪魔なのか、はたまたどっちつかずなのか、それは悠鶴さんしか知らない。
俺と飴が下に降りると老夫婦はいつもと変わらない様子で朝食をご馳走してくれた。
「今日はどこか行くのかい?」
俺と飴は聞かれるが顔を見合わせるだけだ。すると、悠鶴さんが声を上げる。
「穴場の川遊び出来る場所があんだよ、そこ行くか?丁度暑いし」
「でも水着なんて持ってないです」
「そんな深く浸かるもんじゃないし気にすんな」
「行きた~い!伊聡、行こ!」
「じゃあお願いします」
「ん、じゃあ準備できたら下降りてきてくれ」
俺と飴はそれを聞いた後、ニュースを確認してから下に降りた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ、待ってください悠鶴さん」
「んー?」
俺は自販機の前で3ダースタバコを買って悠鶴さんに渡す。
「おーサンキュー。これで今日と昨日はチャラだな」
明らかにコスパが良すぎる悠鶴さんは早速タバコを口に咥えるが、火をつけようとした直前に俺らの方に振り返る。
「タバコ吸って良いか?」
「気にしません」
「お父さんも吸ってたし」
俺と飴の了承をきちんと取ったところで、悠鶴さんはプカプカと煙を浮かばせる。変なところで律儀な人だ。そう思いながら悠鶴さんの後をついていく。
いくつか歩いた後、悠鶴さんが言っていた穴場の川遊び場に着く。川はとても透き通っていて、こんな暑いのに水はとても冷たくて気持ち良い。飴はバシャバシャと入っていくが浅いため溺れる心配は無いし、誰もいないから袖を捲り足を出して無邪気にはしゃいでいる。
「嬢ちゃん、その傷痛くねぇの?」
ストレートに聞く悠鶴さんに飴は答える。
「痛いよ。ずっと痛いし、ぜーんぶ痛い。ずっと覚えてる、あいつがつけた傷も痕も。つけられて嬉しかったのは伊聡がつけた痕だけ」
飴は開き直って俺との行為をバラしていく。俺はもう諦めてそれを咎めることをしないし、急に惚気を聞かされた悠鶴さんは顔色一つ変えずに相槌を打ちながら聞いていたが、不意に口を開く。
「お前ら非力な2人がどうやって殺したんだ?」
その言葉に時が止まる。
「あー、聞いちゃいけなかったー?」
悠鶴さんはいつも通りの口調で話す。飴は黙ったままで、俺が話す。
「飴が死ぬと思って、俺が殺した。包丁で、何回も、何回も何回も何回も何回も殴って刺して、殺した」
「私が指示したんだよ、助けてって言ったから、伊聡が殺してくれたの。だから、伊聡は私の恋人でありながら私の恩人で、神様なの」
飴はパシャパシャとこちらに来て俺と腕を組む。
「俺の全てが飴」
追加で俺も言うと、悠鶴さんはふーんと納得したような声を出す。
「流麗月晶も運が悪いねぇ、あの美貌で一生食っていけたのに」
悠鶴さんは俺たちを責めない。ずっと運が悪いと言って、あくまでも俺たちのせいではないと言う。
「全世界みんなみーんなお父さんに骨抜きにされてた、悠鶴さんは違うの?お父さんが死んで悲しくないの?」
「全然」
悠鶴さんは立ち上がってバシャバシャと川の中に入る。
「俺には関係ないしねー」
「悠鶴さんある一定層からモテそうだね」
「告白はされるよー、全部断ってるけど」
「悠鶴さん何歳なんですか?」
「んー、2歳から50億歳の間を彷徨ってる」
「ええ…」
答える気が無いとんでもない返答をもらったところで、俺は急に悠鶴さんから水をかけられる。
「わっぷ、」
「ハハッ」
悠鶴さんはいつの間にか水鉄砲を持っていて、側にあったバッグをひっくり返すとバラバラと幾つもの水鉄砲が落ちてくる。何だそのバッグは、4次元バッグか。
それを見た飴は飴細工の瞳をキラリと輝かせる。
「ずるい!私もやる!1番大きいの!」
「俺がガキん頃使ってたやつ」
「2歳から50億歳の間彷徨ってるって言ってませんでした?」
「だから今も彷徨ってるじゃん」
支離滅裂で滅茶苦茶な言葉も、悠鶴さんが言うと何もかも何かしらの意味があるように思えてしまう。俺は水鉄砲を手に取り悠鶴さんに仕返す。
「だぁ!馬鹿野郎、やったなぁ!」
悠鶴さんは豪快に二丁持ち、飴は1番大きい水鉄砲、俺はそれなりの大きさのやつを持って3人で水をかけ合う。
「あはは!伊聡弱ーい!きゃあ!」
「嬢ちゃん、気ぃ抜くなぁ」
「ずるい!悠鶴さーん!」
水に深くは浸かっていないのにも関わらず、俺たちは全身びしょ濡れになりながら昼食を抜いて遊び続ける。
夕方、朝から休憩無しで遊んでいた俺たちは流石に疲れてその場にベシャリと倒れ込む。
「疲れた……あーんもうびしゃびしゃー、気持ち悪ーい」
「着替え持ってきて良かった…」
「じゃあ俺向こう向いてるから2人共着替えちまえ」
「悠鶴さんは?」
「俺着替えないもーん。全部水鉄砲で場所失った」
凄い、何も考えてない子供みたいなことしてる。頭は良いはずなのになんでこういう「天才」と世の中から呼ばれる人ってこうも変な行動が多いのだろうか。
俺はその疑問を抱えながら着替えると、隣で飴も着替える。白の体に咲く花は少し薄くなっていて、そこに水が滴り落ちて俺は思わず喉をゴクリと鳴らす。
「あーん、伊聡のえっち~」
「うるさい」
俺はそっちを見ないようにして飴が終わるのを待ち、飴も着替え終わると悠鶴さんの方に行く。悠鶴さんは水鉄砲をいつの間にかバッグの中に全てしまっていて、それを肩にかけて歩き出す。
「あー」
悠鶴さんは何か声を出した後、俺たちにスマホ画面を向ける。
「顔、公開されたね」
そこには俺と飴の顔写真が映し出されていた。俺の顔は前から出されていたが、飴は初めてだ。どっちも笑っていない無愛想な顔だが、チラチラと流れるコメントでどちらも顔が整ってるとか、そんな場違いなコメントが複数見れる。
「ひゃー、君たち美形なのが仇だねー。そのせいでいつもは興味示さない輩たちも血眼になって探すよー」
「何でですか?」
俺が聞くと、悠鶴さんはわざとらしく肩をすくめて話し出す。
「そりゃだってぇ、君たちは逃亡者、頼れる所なんて無い。その状況で君たちに会ったら助ける代わりに君たちを好き勝手出来るんだからー。男でも女でも気をつけなー。男同士だろうと女同士だろうと、この美貌じゃ何かとえっちなこととかさせられちゃうよー」
俺と飴はブルリと背中を震わす。そんなこと飴以外としたく無い。俺は飴の方をみると、飴は俺の手を掴んで離さない。俺もそれを握り返し、手を繋ぎながら悠鶴さんの後をついて行った。
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