第12話 嫉妬の飴細工
嫉妬の飴細工
久しぶりに早く家に帰った気がする。それでも前よりは遅いけど。
選挙が終わり、前よりもずっと静かになった家の玄関を開けてリビングに行くと、父がいた。
「何だ、今日は早いな」
「テスト近いから」
「今回またあんな点数取ったら容赦しないからな」
「…………取らないよ。今回は、絶対」
やけに言い切る俺を不審に思ったのか、父は俺の前に立って行手を阻む。
「まさかお前、カンニングするつもりじゃないだろうな。そんなので点数取っても意味無いぞ」
「しない。でも、今回は本当に負けられないんだ。絶対に取らないと、駄目なんだ」
カンニングも考えたが、俺はずっと馬鹿正直にやって来たからそっちの方が性に合っている。多分、今回はカンニング者が続出すると思うけど。
「負けられない?誰かと競っているのか?」
「全員」
「は?」
「学年の、全員」
それを聞くと、父は何か勘違いしたようで勝手に納得して俺のそばから離れる。
「そうか。テストは個人戦だからな。いつもは仲間のみんなが敵になる訳だ」
まぁ、いつもみんな敵だけど。勝手になんか勘違いしてくれて良かった。俺は早足で階段を登って勉強に明け暮れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「流麗月飴」という人物の影響は凄まじいもので、次の日には学年全体どころか学校全体にまで広がっていた。他学年は対象になるかという質問を直々に聞きに来た奴がいたが、他学年は対象ではないらしい。それを聞くと、他学年の奴らはつまらなそうに、そしてとても悔しそうにしてその場を後にした。
あまりにも盛り上がりを見せたため、飴は職員室に呼ばれて生徒指導を受ける羽目になってしまった。しかし、最近生徒の成績が落ちているのは事実であるし、飴の影響でみんなが頑張っているのも事実のため教師たちもあまり強く言えず、結局5分くらいで解放されていた。
「いややっべー!勉強が苦じゃないのよ!」
昼休み、クラスメイトが俺に話しかける。どうでもいいが、それは共感出来る。俺はいつも嫌々勉強をしていたが、今回は何にも辛いことなんてない。むしろ嬉々として勉強に取り組み、とてもスムーズに単語や文法を覚えられている。妖怪か、悪魔にでも取り憑かれたような気分だ。いや、今まさに取り憑かれていると言うか、それに当てられたから事実ではあるか。
「流麗月さんも勉強頑張ってんの!?」
いつもはビクビクとしてあまり話しかけない男子たちが今日はやけに話しかける。飴は相変わらず俺の隣でパンを食べていた。
「とりあえずね」
それだけ言って、飴はパンを食べる。何だかいつもより俺との距離が近い気がする。飴がエナジードリンクを飲んでいると、ある男子の集団が声を上げる。
「なぁ、流麗月。俺らもそれ好きだから余ったら飲むぜ?」
あたかも優しさで飲もうとしているが、裏に下心があるのが丸見えだ。しかし、飴は疎いから気づかないであげてしまうのだろうか。とても嫌だ、本当に嫌だ。俺は思い切り顔を顰めて自分が飲み干したエナジードリンクの缶をベコリと握り潰す。飴はそちらをチラリと見た後、エナジードリンクを差し出す。
「ん」
俺の口の方に。
「…………え?」
男子たちは呆気に取られる。飴は俺に差し出すと飲め飲めと言わんばかりにグイグイと口元にエナジードリンクを押し付ける。
「飲まないの?」
「いや、飲むけど」
俺はそれを受け取りいつものように飲んでいると、飴から熱い視線を送られる。いつもと変わらない風景なのに、何故こんなに見るのだろうか。
「伊聡君もこれ好きなんだ。だから、伊聡君が飲まなかったらあげる」
飴は視線だけそちらに向けて言うが、男子達は納得していない。
「御石いつも飲んでんじゃん、だったらたまには俺らにあげても良くない?」
「これ、私の分も伊聡君が買ってくれてるの。どうせ自分が飲むからって。だから、最初は伊聡君」
それを聞いた男子たちは腑には落ちたがやはり諦め切れないのだろう。また新しい提案を仕掛けてくる。
「じゃあさ!明日俺が流麗月さんの分買うから!それで良いでしょ!」
「おいお前ずるいぞ!」
「そうだぞ!何1人で抜け駆けしようとしてんだよ!」
「順番に買えば良いだろ!」
「ずるい?」
飴がコテンと首を傾げると、みんなは顔を見合わせる。あーあ、ボロを出したな。さて、ここから何を言うのか。俺は完全に傍観者になりその様子を見る。しかし、1番最初に口を開いたのは男子でも周りの奴らでもない、飴だった。
「気持ちはありがたいけど、君たちのことはまだよく知らないからお金の貸し借りはまた後で」
その純粋無垢な言葉に大勢が刺される。これは逆に言えば、俺のことはよく知っている仲ということになる。俺は安心感と幸福感と、それら全てをギトギトに塗り潰す優越感を胸に缶二つ持って下に降りる。すると飴もついて来たため俺らは2人で階段を降りる。
「お前、すごい刺すな」
「刺す?」
「いや、何でもない」
缶を捨てて2階に戻ろうとした時、飴が俺の袖を引く。
「飴?」
「……………」
飴は何も言わずに俺のそばにぴたりと付く。俺は何かあったのではないかと心配になって飴に話しかける。
「飴、昨日何かされたのか?足痛いとか、おぶって行くか?」
「ち、違う、」
オロオロとしている飴とよく話そうと思い、俺は飴の手を引いて人気の居ない場所に移動する。
「飴、本当にどうしたんだ?」
「……………昨日、私があんなこと言ったから、伊聡君、怒ってたでしょ?」
「……………うん」
「……そ、それでね、その…………」
不安そうに眉を下げるその顔は怒られた子猫みたいで、俺はゆっくり催促する。すると、飴はおずおずと口を開いた。
「その、き、嫌いに、なってない?」
「……………は?」
「ご、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」
急に謝る飴を止め、俺は思考を回す。まさか、俺に嫌われたと思って、それをどうにかしようとして、こんなにも距離が近いのか?
「いや俺、昨日飴のこと好きって言ったよな?」
「で、でも、嘘、かも、しれないって、思って…」
「……………あのなぁ、」
俺は飴の両手を握り、真っ直ぐ飴に向き合うが飴は顔を上げてくれない。
「飴、俺はお前が好きだ。嫌いになることなんてないから。信じてくれ」
俺がそう言ってもどうも前を向いてくれない。さて、どうしたら信じてくれるだろうか。俺は思考を限りなく限界にフル回転させるが、なんせこんな経験が無い。俺も困っていると、飴がようやく口を開く。
「…………あのね、き、嫌いにならないでね、」
「ああ」
「その、ね、私、アレわざと言ったの」
「…………は?」
「その、伊聡君が私のせいで悪い点数取らないようにっていうのは本当なの。でも、それ以外にもあって、他の女の子たちが伊聡君のことね、かっこいいかっこいいって言ってたから。私の方が、伊聡君のことが好きだから、だから、あんなこと言って私に注目させたの」
…………ということは、
「お前…、嫉妬…してたのか?」
それを言うと飴は余計に縮こまる。やけにいつもと違うと思ったらそういうことだったのか。
「…………はぁ、」
俺はため息を吐いてその場に蹲ると、飴はアワアワとして俺に視線を合わせる。
「い、伊聡君、」
「………完全に、掌の上だな、俺は」
俺は飴の方をジトリと見る。飴は変わらず不安そうな顔だ。
「アレ言われた時、本当にムカついた。何で俺以外にもそんなこと言うんだよって。だから乗った。飴を、他のやつに取られたくないから。柄じゃないのに本気で勉強してさ。あーもう!」
俺は頭をグシャグシャと掻き回し、その流れのまま飴の頬をつねる。
「いひゃい、」
「飴、覚悟しとけよ。俺は今回絶対一位を取る。ぶっちぎりで取る。全教科100点取ってやる」
それを宣言して俺は飴の頬を離すと、飴は安心したのかふんわりとはにかむ。
「出来たらご褒美だね」
「そうだな。何言っても文句言うなよ」
「言わないよ。ねぇ、私の演技どうだった?お父さんの真似」
「気持ち悪いほど似てた」
「そっかぁ。私、才能あるかも」
飴は柄にもないことを言って立ち上がる。俺も立ち上がって飴の手をキツく握る。
「伊聡君?」
「飴とこんなことするのは、俺だけだ」
「えへへ、伊聡君も嫉妬してる」
「当たり前だろ」
俺と飴は教室に入るまで、ずっと手を繋いでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます