第15話 唯一絶対の理解

音無が語ったのは、こういうことだった。


3か月前、2年生の終わりにクラスの男の子から告白されたが、好きという感情が

理解できず断ってしまった。

それを契機に、人間関係がギクシャクし、クラスの空気も悪化した。

音無は理屈では説明できない、“感情”というものを、知りたいと思った。

以降、幻聴が聞こえ始める。


なんてことはない、未熟な中学生にはよくある、恋愛感情の行き違い。

そんなありふれた行き違いが、非日常の怪異を呼び寄せ、ついには専門家を必要としたのは、何とも言えない皮肉である。


語り終えた音無に再び帳さんが水を向ける。



「つまり、君はその恋愛感情の理解を強く願ったために、囁きおろしに憑りつかれたというわけだ」


黒い視線が流れて、音無へと行きつく。


「だとしたら、どうすればいいんですか?」


なんだ、これは?

水面に墨汁を落としたように、正体不明の感情が染み込んでくる。


「単純だよ。感情を理解することを、あきらめればいい。」


どうして、目の前の少女と専門家は、こんなに冷静なんだ?

どうして僕は、今までのやり取りを、不快に思っている?


「しかし、そう簡単に行くでしょうか?必死に願った覚えはありません。でも、無意識にでも願ったから、その囁きおろしに憑りつかれたのでしょう?」


どうして、こんなにも、少女は冷静なんだ?

なぜ、まるで他人事みたいに、解決策を口にできるんだ?


「簡単なことだよ。理解すればいいんだ。要するに、認識の上書をする。

すでに音無ちゃんは、感情について分かったことがあるだろう?」


何でこんなに、キモチワルイ?


「理解できないのが感情に対する唯一にして絶対の理解なんだよ」


「ちょっと待ってくださいよ!」


帳さんが言い切ると同時に、僕は無意識に叫んでいた。

星川のノートを見た時に感じた気持ち悪さに襲われたためである。


「音無、お前、本当にそれでいいのか?」


困惑、それが音無の瞳に浮かんでいた。


「良い、とは?現実的に、これが唯一の解決策でしょう?

ありがとうございました帳さん。腑に落ちました」


違う。なんでそんな、憑き物が落ちたような顔をしている?

沸きあがってくるのは、黒く濁った感情の濁流。

目の前の不条理に対する、理不尽な我儘。

理性では理解している。

しかし、感情が、この場で口をつぐむことを拒否した。


「違う!音無、そんな泣き寝入りでいいのか?お前、見ず知らずの僕らにだけ打ち明けて…それでいいのかよ」


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