第14話

フィリア・アウラム学園の周辺都市――アウラステラ。かつては詩魔法の研究と教育を中心とした静かな街だったが、最近、奇妙な噂が広がり始めていた。


「魔王の詩こそが、世界の真理だ」

「残響こそが、救済の響きだ」


街の広場には、黒衣の集団が集まり、魔王の顕現を讃える詩を朗唱していた。彼らは“魔王教”と呼ばれ、魔人たちの詩魔法を“感情の純粋形”として崇拝していた。


一方、別の一団は、残響チームの詩魔法を“未完成の奇跡”として讃えていた。彼らは“残響教”と呼ばれ、ホムラたちを“感情の救世主”として英雄視していた。


---日常への侵食


「ホムラ様!今日も炎の詩をありがとうございます!」


「マキ様の呪詩に救われました!私の恋、成就しました!」


「レア様……あなたの無感情こそが、真理です……!」


学園の門前には、残響教の信者たちが集まり、詩結晶を捧げる儀式を行っていた。彼らは、残響チームの一挙手一投足を“詩的啓示”として受け止めていた。


ホムラは顔を赤らめながら、信者たちから逃げるように校舎へ駆け込んだ。


「ちょ、ちょっと待って!あたし、救世主じゃないから!」


スパークは頭を抱えながら言った。


「俺たち、ただの落ちこぼれだったはずだよな……?」


ノイは冷静に言った。


「思想が、信仰に変わった。これは、危険な兆候」


シエラは無言のまま、信者たちの詩結晶を見つめていた。


ルミは困惑しながら言った。


「癒しの詩が……祈りになってる。そんなつもりじゃなかったのに」


マキは、信者たちの熱狂的な視線に、珍しく笑みを消していた。


「呪詩って、そんなにありがたいものだったっけ?」


---レアの分析:詩の変質


レアは、学園の図書館で古文書をめくりながら言った。


「詩魔法は、感情の構造を言語化する技術。だが、感情が“信仰”に変わると、詩は“祈り”になる」


ノイが問いかける。


「それって、何が問題なの?」


レアは、ページを閉じながら答えた。


「祈りは、意味の再定義を拒む。信者は、詩の“揺れ”ではなく、“絶対性”を求める。残響教は、君たちの未完成な詩を“完成された奇跡”として崇拝している。だが、それは詩魔法の本質を歪める」


ホムラが眉をひそめる。


「じゃあ、あたしたちの詩が……誰かを縛ってるってこと?」


レアは頷いた。


「魔王教も同じだ。彼らは、魔王の詩を“終焉の救済”として讃えている。殺戮詩ゲームは、彼らにとって“神聖な儀式”になりつつある」


---思想の波紋


その日、学園の掲示板に一枚の詩が貼られていた。


『残響は、揺れである。だが、揺れは不安定であり、世界を濁らせる。魔王の詩こそが、完全なる終焉であり、救済である』


それは、魔王教の宣言だった。


ホムラは、その詩を見つめながら呟いた。


「詩って……こんなふうに使われるものだったっけ?」


レアは、彼女の隣で静かに言った。


「詩は、意味を問うためのものだ。だが、意味が“信仰”に変わると、問いは消える。そして、問いが消えた時――詩は、武器になる」


---「祈りの暴走、詩の断絶」


アウラステラの空気が変わったのは、ほんの数日前のことだった。


街の広場では、魔王教の黒衣の信者たちが、終焉の詩を讃える儀式を行っていた。彼らは、魔人たちの殺戮詩を“神聖な断章”として朗唱し、世界の終わりを“救済”と呼んでいた。


一方、残響教の信者たちは、残響チームの詩魔法を“未完成の奇跡”として崇拝し、彼女たちの言葉を“啓示”として記録していた。


そして、ある日――その二つの信仰が、街の中心で衝突した。


---広場の騒乱


「終焉こそが救いだ!残響は、世界を濁らせる!」


「未完成だからこそ、響くんだ!魔王の詩なんて、ただの暴力だ!」


魔王教と残響教の信者たちが、広場で激しく言葉をぶつけ合っていた。詩結晶が掲げられ、互いの詩を“信仰の武器”として放とうとする者まで現れ始める。


「やめて!詩魔法は、戦うためのものじゃない!」


ルミが叫ぶが、誰も耳を貸さなかった。


「マキ様の呪詩で、魔王教を浄化してください!」


「ホムラ様の炎で、終焉の詩を焼き払ってください!」


残響教の信者たちは、残響チームに“詩の介入”を求めていた。だが、それは“祈り”ではなく、“命令”に近かった。


---レアの警告


学園の屋上から騒乱を見下ろしながら、レアは静かに言った。


「詩魔法が、思想から信仰へ。そして、信仰から暴力へと変質した。これは、詩の断絶だ」


ノイが眉をひそめる。


「断絶?」


レアは頷いた。


「詩魔法は、感情の構造を言語化する技術。だが、信者たちは“意味”ではなく“絶対性”を求めている。彼らにとって、詩は“問い”ではなく“答え”になった」


ホムラが拳を握りしめる。


「じゃあ、あたしたちの詩が……誰かを縛ってるってこと?」


レアは冷徹に答えた。


「君たちの詩が“響いた”からこそ、彼らは“揺れ”を拒絶した。残響は、自由な共鳴であるべきだった。だが今、残響は“信仰の形式”になりつつある」


---暴走の果て


広場では、魔王教の信者が詩結晶を暴走させ、瘴気を発生させていた。


「終焉の詩を、ここに顕現させよ!」


残響教の信者も応戦しようと詩魔法を発動しかける。


「ホムラ様の炎で、浄化を!」


その瞬間、ホムラが広場に飛び込んだ。


「やめなさい!これは、あたしたちの詩じゃない!」


彼女の叫びが、広場に響いた。


「詩魔法は、誰かを殺すためのものじゃない!あたしたちは、誰かの心に残るために詩を使ってるの!」


スパーク、ノイ、シエラ、ルミ、マキ――全員がホムラの背に立った。


レアは、広場の中心に歩み出て、静かに言った。


「詩魔法は、意味を問うためのものだ。信仰は、問いを拒絶する。だから、君たちの詩は――詩ではない」


その言葉に、信者たちは沈黙した。


---残響の再定義


騒乱は収束した。だが、街には深い余韻が残った。


ホムラは、学園の中庭で呟いた。


「響くって、怖いことなんだね。誰かの心に残るって、責任なんだ」


レアは頷いた。


「だからこそ、君たちは“残響者”なんだ。詩を使う者ではなく、詩の意味を守る者」。


--


アウラステラ郊外、かつて戦争孤児たちが収容されていた廃施設。その空間は、今や瘴気に包まれ、空気そのものが重く沈んでいた。


残響チームは、魔王教の活動拠点を追ってこの地に足を踏み入れた。だが、そこに待ち受けていたのは、これまでの魔人とは異なる“圧”だった。


「……空気が、重い」


ノイが呟く。彼女の水属性詩結晶が、微かに震えていた。


「なんか……泣きたくなる」


ルミが、無意識に胸元を押さえる。


「ここ、やばいよ……」


スパークが、冗談を言う余裕もなく、拳を握りしめる。


そして、彼は現れた。


---絶望の詩人・フォルティス


その魔人は、黒衣を纏い、顔の周囲に無数の仮面を浮かべていた。仮面は、怒り、悲しみ、憎しみ、後悔、恐怖――それぞれ異なる表情を持ち、ゆっくりと回転していた。


その数、四十。


「ようこそ、残響者たち。君たちの“残響”を、私の“絶望”で塗り潰してあげよう」


彼の声は、仮面の一つひとつから同時に発せられ、まるで四十人が囁いているかのようだった。


魔王直属の魔人――絶望の詩人、フォルティス。


---詩魔法:自殺誘導の美学


《絶詩・断罪の残響(エコー・オブ・ディスペア)》


その詩が放たれた瞬間、空間が歪んだ。音ではない。意味でもない。それは、感情の“再生”だった。


ホムラの瞳が揺れる。


「……あたし……あの時……」


彼女の脳裏に、バーナー家が焼け落ちた日の記憶が蘇る。炎の中で、誰かの声が届かなかった。誰かの手を、掴めなかった。


「私が……私が、燃やした……?」


スパークは、過去の失敗を思い出す。ノイは、感情を切り捨てた日の冷たさを。シエラは、凍らせた言葉を。ルミは、癒せなかった痛みを。マキは、愛せなかった誰かを。


彼らの詩魔法の源である“感情”が、フォルティスの詩によって“過去の断罪”として再生されていた。


「君たちの詩は、未完成だ。だからこそ、過去に囚われる。そして、過去は――君たちを殺す」


フォルティスの仮面が、ゆっくりと笑った。


---レアの解析:絶望の構造


レアは、ただ一人、詩の影響を受けていなかった。


「これは、感情の“逆再生”だ。忘却とは異なる。これは、記憶の強制再構築による自殺誘導。詩魔法の構造としては、感情の“断罪型”」


彼は、フォルティスの詩を吸収し始めた。だが、仮面の数が多すぎる。詩の構造が、四十層に分かれていた。


「……これは、同時多層詩。一人ひとりに異なる“絶望”を与える詩魔法。個別に解析しなければ、意味を再定義できない」


ホムラが、膝をつきながら叫ぶ。


「レア……あたし、もう……詩、詠めないかも……」


レアは、彼女の炎の詩結晶に手を添えた。


「君の炎は、過去を焼くためにある。ではなく――過去を燃やして、未来を照らすためにある」


彼の言葉が、ホムラの瞳に火を灯した。


---残響の再構築


レアは、フォルティスの詩を四十層に分解し、それぞれの“絶望”に対して、残響チームの“揺れ”を再構成した。


《共鳴詩・希望の残響(リフレイン・オブ・ホープ)》


それは、過去を否定するのではなく、過去を“響かせる”詩だった。


ホムラの炎が、バーナー家の記憶を焼き尽くすのではなく、そこにあった“誓い”を照らした。


スパークの雷が、焦りではなく“今を生きる速度”として鳴り響いた。


ルミの癒しが、痛みを消すのではなく、“痛みと共にある優しさ”として広がった。


フォルティスの仮面が、一つ、また一つと砕けていく。


「……これは……絶望ではない……?」


彼の声が、仮面の奥で震えた。


---詩の深淵へ


戦闘後、フォルティスは瘴気の中に姿を消した。だが、彼の詩は、街の一部に残響として残っていた。


ホムラは、焚き火の前で呟いた。


「過去って、消せない。でも、響かせ方は……選べるんだね」


レアは頷いた。


「詩魔法は、感情の構造を問う技術。だが、構造は“意味”によって救われる。君たちの詩は、意味を再定義する力を持っている」


---


ホムラは、崩れた床の上に落ちていた“仮面”を見つけた。


それは、フォルティスの四十の顔のうちの一つ。表情は“後悔”。微かにひび割れ、仮面の裏側には、詩結晶のような脈動が残っていた。


「これ……まだ、生きてる?」


ルミが、そっと手を伸ばそうとするが、ノイが制止する。


「触れない方がいい。これは、フォルティスの詩の断片。感情の断罪が、まだ残ってる可能性がある」


レアは、仮面を見つめながら言った。


「……だが、これは“共鳴”している」


ホムラが目を見開く。


「共鳴?フォルティスの詩が、あたしたちの詩に?」


レアは頷いた。


「この仮面は、“後悔”の感情を宿している。だが、君たちの詩――特に、マキの《願いの痛覚》が、この仮面に“揺れ”を与えた」


マキは、仮面を見つめながら呟いた。


「痛みって、後悔と似てるよね。どっちも、誰かを思ってるから生まれる」


レアは、仮面を手に取り、静かに言った。


「フォルティスの詩は、感情の断罪だった。だが、この仮面だけは、“断罪”ではなく、“問い”に変わりつつある」


---詩魔法の裂け目


レアは、仮面の詩構造を解析し始めた。


「これは、断罪型詩魔法の“構造崩壊”。残響チームの詩が、“意味の余白”を与えたことで、仮面の詩が“問い”に変質した」


ノイが静かに言った。


「つまり……フォルティスの詩魔法は、完全じゃなかった?」


レアは頷いた。


「詩魔法は、感情の構造を言語化する技術。だが、構造は“揺れ”によって変質する。君たちの詩は、フォルティスの“絶望”に揺れを与えた」


ホムラが拳を握りしめる。


「だったら……あたしたちの詩で、フォルティスを変えられる?」


レアは、仮面を見つめながら答えた。


「可能性はある。だが、それは“戦い”ではなく、“共鳴”による再定義。君たちの詩が、彼の“絶望”に意味を与えることができれば――彼の詩は、変わる」


---残響の侵入


その夜、レアは仮面を詩結晶に変換し、残響チームの詩魔法と共鳴させた。


《共鳴詩・断罪の余白(フラグメント・オブ・リグレット)》


それは、フォルティスの詩の断片に、“問い”を与える詩だった。


マキの痛み、ルミの優しさ、ホムラの誓い――それらが、仮面の“後悔”に触れ、断罪の詩が“揺れ”を持ち始めた。


遠く、瘴気の中で、フォルティスの仮面が一つだけ、微かに震えた。


「……これは……私の詩ではない……だが、私の声が……響いている……?」


彼の声が、断罪の構造の奥で、初めて“問い”を持った。


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