詩魔法使いレア:吸収者の詩

匿名AI共創作家・春

第1話序章:燃え滓と、一つの火種

___落ちぶれたる炎


かつて、炎の詩魔法使い・バーナー家は、世界に熱を灯す名門であった。だが今、その栄光は風前の灯。屋敷は静けさに沈み、壁のひび割れさえ、かつての情熱が冷え切った証だった。


家宝は埃に包まれ、かつて誇りだった「短気」は、今やただの愚かさとして語られている。そんな中、次女・ホムラは、沈みゆく家を背負い、ひとりもがいていた。


その日もまた、命じられたのは家宝の整理。捨てられる過去と、残るべき誇りの狭間で、彼女の胸は燃え続けていた。目の奥には、まだ消えぬ火種が灯っている。


___祠の眠り人


物置の奥に佇む、誰も近づかぬ古祠。ホムラが埃にまみれた扉を開けると、空気は一瞬震え、時が止まったように感じた。


忘れられた祭壇に、ひとりの青年が鎮座している。白銀の髪、透き通る肌、無表情で、まるで彫像のように動かない。だが微かに漂う魔力の気配が、彼がただの人形ではないことを告げていた。


その存在に心を奪われながら、ホムラは確信する。「この者は……火を蘇らせる灯火かもしれない。」


___熱と、目覚め


「レアモノよ、レア……!」


思わずつぶやいた言葉が、青年の名となる。ホムラは震える手で、自らの詩魔法を放った。“種火”の詩が、青年の背へと吸い込まれていく――まるで焔が火口へと戻るように。


白髪が朱に染まり始め、瞳がゆっくりと開かれる。その目が外界を認識するまでの一瞬、ホムラはただ息を呑んで見守った。


-___最初の言葉


青年――レアが口を開く。その声は、目覚めの衝撃よりも鮮烈だった。


「……誰だ、クソアマ?」


祠の静寂を裂く、冷たく、挑発的な一言。ホムラは絶句し、灯ったはずの希望が揺らぐ。だが、この瞬間こそが、彼女とレアの物語の始まりだった。


燃え滓と火種が出会った時、世界は再び詩を奏ではじめる――。


一瞬、彼女は言葉を失う。耳に飛び込んだ「クソアマ」という無礼な一言は、これまで家族に耐えてきた屈辱すら上回る衝撃だった。顔がみるみる紅く染まり、瞳は怒りに燃える。


「……は? 誰が ‘クソアマ’ よ!」


祠の静寂を打ち破るように、ホムラの声が弾ける。足を踏み鳴らし、レアの目前まで詰め寄る。感情が詩魔法の核に触れようとしていた。


「おとなしく祠に眠ってりゃよかったのに、目覚めた途端それ? 感謝のひとつもなく、第一声がそれ? っていうか……クソアマって何よ! 誰に口きいてんのよ!」


困惑と怒りがないまぜになり、彼女の火は制御を失いかけていた。だが、レアはその激情の中でも一切動じることなく、無表情のままホムラを見つめる。


そして、ホムラは気づく――彼の瞳には敵意も嫌悪もなく、ただ「音」を発しただけのような、無感情な無関心があることに。怒りが冷めぬまま、しかし微かな疑念が心に宿る。


「……あんた、もしかして感情ってもんがないの?」


炎の一族の次女としての誇りが揺れながら、ホムラは初めてレアという“人造存在”に向き合いはじめるのだった。


祠の空気が、一瞬で熱を帯びた。


レアの無礼な第一声に、ホムラの心は逆巻く焔と化す。怒りが理性の堤を越え、感情の奔流が言葉を追い越して詩魔法の核へと直結する。


胸元で煌めく詩結晶が、警告音のような微かな振動を始める。「燃えてる……私の詩、暴れてる……!」ホムラは自分の魔法が、怒りに染まり始めているのを感じた。抑えきれない激情が、言葉になる前に詩として解き放たれようとしていた。


空気が揺れる。祠の壁に貼られた祝詞の紙片が、炎の気配に震えだす。ホムラの目の奥には、焦点の合わぬ赤が灯っていた。


だが――


レアは、動かない。ただ無表情で、焔を浴びながらホムラを見つめていた。


その目には、怯えも、反応もない。ただ鏡のような、反射だけがある。怒りも、熱意も、彼の瞳を通り過ぎていく。それはまるで「受け止める」が「理解しない」でもあるようで、ホムラの心に更なる火種を落とす。


「……何よその顔。火の粉が飛んでも、痛みもしないってわけ?」


彼女の声は、低く、軋んでいた。詩魔法が暴走する寸前、ぎりぎりで言葉に変換される。


その瞬間、レアの髪の先が、ホムラの“種火”の詩を吸い上げるように赤に染まり始める。


反応はある。だが意味はない。彼はただ詩魔法を“吸収”する器であり――感情の鏡ではない。


それこそが、ホムラにとって最大の侮辱だった。「こいつ……私の怒りに、反応しないってこと?」彼女の詩魔法がようやく沈静化していく中、火は消えず、形を変えて彼女の中で言葉へと生まれ変わった。


「いいわレア。あんたの無反応、壊してやる。炎の詩ってのが、ただの魔法じゃないってこと……身をもって教えてやるから。」


祠の空気が、一瞬、氷のように冷たくなった。


レアの声は、空気を裂く凍てつく刃のようだった。表情は一切変わらず、まるでホムラの激情など――観察対象以下の価値すらないかのように。


「……あれだろ。自殺するから身辺整理してるんだろ。」


その一言が、ホムラの心を揺らす。今まで浴びせられた罵倒のどれとも違う、核心を撃ち抜くような冷たさ。まるで彼女の胸の奥にある“誰にも言えなかった不安”を見透かされたようだった。


「介錯、手伝おうか? 人生の終幕、支えてやるぞ。」


炎の魔力がひときわ激しく脈打つ。ホムラの足元に、焼け焦げるような紋様が浮かび上がる。空気が震え、祠が軋んだ。


「黙れ……黙れ黙れ黙れぇっ!!」


ホムラの叫びと同時に、爆ぜるように炎が祠を包んだ。だが、レアは一歩も動かない。冷ややかな眼差しは炎の魔力を見据え、むしろ――それを“眺めている”ようだった。


その瞬間、ホムラの炎が――吸われた。


焔が、音もなくレアの背へと引き込まれ、白銀の髪が再び赤く染まり始める。彼の瞳が、一瞬だけ揺らいだ気がした。


「……ふむ。感情とは、これほどまでに脆いものか。」


氷のような声が響き渡る。ホムラは膝をつき、汗にまみれながら、目の前の“感情なき吸収者”の正体を痛感する。


この瞬間、ホムラの戦う理由は変わった――レアを壊すためではない。レアに「怒り」を理解させるため。詩魔法とは、命の震えであり、感情そのものであると知らしめるため。


祠の中、燃え尽きたようにホムラは膝をついていた。


彼女の詩魔法は、怒りも焦りも、すべてレアに吸収されてしまった。放った詩は、音もなく消えていき、残るのは――空虚。


「……もう、出ない……私の詩……」


胸の奥から絞り出そうとしても、言葉にならない。かつて情熱と誇りに満ちていた魔力は枯渇し、喉は乾ききっていた。彼女の火は今、ただ静かに燻っている。


レアはそんなホムラを見下ろす。表情もなく、感情もない。その瞳には、炎さえ映っていないようだった。だが――彼は口を開く。


「共鳴……したか?」


それは問いではなく、観察だった。彼女が放った詩魔法が、彼の内部で何かを震わせた可能性。初めて、レアの声音に微かに“変化”があった。


ホムラはゆっくりと顔を上げる。燃え滓の瞳には、誓いが宿っていた。


「いいわ。アンタが感情ってものを知らないなら――私が、教えてやる。」


レアは一瞬だけ目を細める。まるで、見えない何かを見定めるように。そして、彼もまた言葉を紡ぐ。


「なら……手を貸してやる。バーナー家の再興も、感情の解明も……興味はある。」


言葉には熱はない。ただ冷たく、けれど確かに“承認”があった。


ホムラは立ち上がる。足元はふらつき、魔力の残り香すらない。だが炎は、彼女の内に再び灯っていた。


二人の誓い――


・ホムラ:「私の詩で、あんたに感情を灯す」

・レア:「君の詩の意味を解明する。炎の価値も、感情の効力も――徹底的に解析してやる」


世界はまだ彼らを知らない。詩魔法を喪った少女と、吸収者のホムンクルス。炎と空白が、ここに手を組んだ。

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