第六章:YESで築いた王国

五条真人(ごじょう・まさと)は、「YESだけで生きる人生」に、ついに終止符を打った。

だが、そこから始まったのは、“自由”ではなく“粛清”だった。



久我の怒りは想像以上だった。

五条の裏切りを知った彼は、躊躇なく詐欺チーム全員に命令を下した。


「五条を見つけろ。そして、沈めろ」


情報網が駆使され、五条の行動は逐一監視される。

だがその一方で、詐欺組織の内部にも微細な変化が生まれ始めていた。



一人目の離反者──蓮見


蓮見は五条と同じく、かつて“YESに救われた”男だった。

しかし、日々YESで人を欺く生活に疲弊していた。


五条の「NO宣言」を聞いたとき、心の奥が熱くなった。


「俺たちは、いつから“YESの奴隷”になったんだ……?」


彼は五条に密かに接触し、仮名で使用していた“第二の逃走用スマホ”を手渡した。


「これで連絡を取れ。久我にだけは、気をつけろ」



二人目の裏切り者──香川冴子


五条が唯一“YES”で騙さなかった女。

彼女は今、企業のコンプライアンス調査員として、詐欺組織の捜査に関与していた。


冴子は、警察に動くよう訴える一方で、五条にこう告げた。


「あなたの体験を、証言にしてほしい。

YESという言葉が、どれだけ社会を侵食したか──それを世に出すの」


五条は迷った。


“YESの王国”は自分が築いた。

その頂点にいたのは、自分だった。


罪の意識は、鉛のように重く肩にのしかかる。


だが、誰かが語らなければ、YESの呪いは終わらない。



逃亡と追跡


五条は逃げた。

東京から、群馬、福島、青森──と夜行バスを転々としながら、蓮見の協力で身を隠した。


途中、ネットでは“五条=YES詐欺の首謀者”として実名報道が始まり、

TVでも「YESの悪魔」「言葉を操る詐欺師」などの見出しで大きく取り上げられる。


一度は“YESで築いた栄光”。

その全てが、今は瓦礫だった。


でも──その瓦礫の中に、一粒の宝石が埋まっていた。



“YES王国”の成れの果て


五条は自らの記録を文章にまとめ始める。

タイトルはこう書いた。


『YESだけで築いた王国の、終わりの記録』


彼が記したのは、詐欺の手法ではなかった。

それを信じ、YESと言い続けた人間たちの哀しみ、迷い、矛盾だった。


・なぜ人はYESを言いたくなるのか

・NOと言えない人間の心理は何か

・YESの言葉の裏には何があるのか


そうした問いを掘り下げるうちに、五条自身も気づいた。


「俺は、誰かに“YES”と答えてほしかっただけだったんだ──」



久我との最終対決


ある夜。

逃走先の廃モーテルに、久我が現れた。


スーツ姿で、笑っていた。


「逃げて、何が残った? お前は王だった。YESの王だ。

それを捨てて、今はただの人間。バカじゃねぇの?」


五条は、静かに答えた。


「YESの王国に、国民なんていなかった。

いたのは、“YESを強いられた”奴隷だけだ」


久我は拳銃を取り出した。


「じゃあ、お前もここでNOで死ね」


引き金が引かれ──

そのとき、蓮見と警察が突入した。


「動くな!」


久我は取り押さえられ、逮捕された。


──YES王国の崩壊。


その瞬間だった。

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