精霊魔術一族の生き残りである少女は、精霊騎士の二つ名を持つ第四王子と遭遇する。
いつもの泉に行くと、珍しく先客がいた。
その姿に、月の光に照らされ軌跡を描く剣と長いしなやかな白金色の髪に、そしてなにより精霊のごとく整ったその容貌に、いっとき見惚れてしまう。
(……キレー……)
ただ美しいだけでなく、鋭利な刃物の印象を抱かせる眼差しの鋭さと気迫が、ちぐはぐに思えるのに神秘性を感じさせた。
(……でも、今日はここ使えないか)
この人がいるんだから、別のところへ行こう。
と、くるりと背を向けた時。
落ちていた枝を踏んでしまい、パキリと軽い音がやけにはっきりと響いた。
(あっ)
「誰だ」
マズい、と思うと同時に、その涼やかな声に聴き惚れてしまった。そんな自分に気づいた時には、
「君は、何者だ? ここで何をしていた?」
後ろから肩をガッチリと掴まれ、首筋に剣を当てられていた。
(ひえっ!)
「いっ、いや! 何者でも! 何者でもないです! 何もしてないです! する前でした!」
「する前?」
(あっやべ?!)
口を滑らせたと頭が回った時にはもう遅く、その細くしなやかな腕のどこにそんな力があるのかと言いたくなるほどの腕力と握力で両腕を後ろ手に掴まれ捻り上げられ、
「い! 痛い痛い痛い! 脱臼する! 折れる!」
「何をしようとしていた?」
「水浴びです! ただの水浴び! ここほとんど人が来ないから! それだけです!! ホント! 騎士様! 俺は無実です!」
「騎士? なぜ私が騎士だと分かる?」
「その! その剣! 王立騎士団の上位騎士の紋章が鞘と柄に使われてる! 俺、一応王宮で働いてるんで! 下っ端だけど! 騎士様だってことは分かるんです!」
「……王宮の、どこの所属だ? 名は?」
「使用人の食堂の下働きのそのまた下働きです! 名前はジェニーク! ホントだから! 逃げませんから! 手、手を離してくれませんか! 痛みを超えて痺れてきた!」
「……私の顔に覚えは?」
「すみませんそれは知りません! 上位騎士の紋章を持つ騎士様なんてめったにお会いしませんし! ご高名な方でしたらホント申し訳ありません! 学がないもんで!」
「……そうか」
後ろからの圧迫感と腕を締め上げていた力が消え、ジェニークは膝をつき、へたり込む。
(……腕が、まだビリビリする……)
あの妖精のような細腕のどこからこんな力を。
カチン、という金属音に肩を跳ねさせ、恐る恐る振り返れば、精霊の如き人間離れした美貌を持つその騎士が、剣を鞘に納めたところだった。
「すまなかったな。ジェニーク、と言ったか。私はここで時折鍛錬をしているんだ。君の邪魔をしてしまっていたなら詫びよう」
「いえ?! そんな、滅相もない! 俺こそ騎士様の邪魔をしてすみません!」
振り返りざまひれ伏し、地面に額をこすりつける。死にたくない。ここまで生き延びてきたのに、『生きて』と言われ逃げてきたのに。
〈ねぇ、ジュロイエラ〉
「!」
〈こいつ、敵? 殺す?〉
〈ジュロイエラの邪魔? 殺す?〉
(殺さなくていい! 殺さないで!)
ジェニークの周りを漂う者たちに念じる。ジェニークの思いを念波として受け取った彼らは、〈そう〉と言うが、ジェニークの周りから離れようとしない。
「……ジェニーク」
「はい!」
涼やかな声に脊髄反射で応える。
「使用人の食堂の下働きだと言ったな」
「はい! そうです! 下っ端の下っ端の下っ端です!」
「ここにはよく来るのか?」
「二、三日に一回くらいです!」
「では、今日来たのだから次に来るのはまた二、三日後か」
「そうなると思います!」
この問答は何だ。このまま尋問が続けられるのか。ジェニークの頬を冷たい汗が伝う。
「では、二日後に来れないか?」
「分かりました! ……え?」
「そうか。ありがとう。では、また、二日後に」
涼やかな声のその人はそう言うと、ジェニークに背を向け歩き出した、のが、気配で伝わってきた。
(……足音が、遠くなってく……見逃してくれた……?)
足音が聞こえなくなり、気配も追えなくなると、ジェニークはそろりと顔を上げる。
「……」
そこには、もうあの騎士は居らず。踏まれ足跡になった草が、王宮へと向かっているのが、あの騎士がどこへ行ったのかを示していた。
「た、助かった……?」
ジェニークは長く溜め息を吐き、
「……あ? でも……」
──では、また、二日後に。
その言葉を思い出す。
(二日後に、また、ここに来いってことだよな? ……なんで?)
あの騎士の暇つぶしだろうか? だがあの騎士は、鍛錬をしに来ていたと言っていた。わざわざ自分に会おうとする意味が分からない。
(……まあ、偉い人の頭の中なんて分かんなくていいや)
〈ジュロイエラ、また来たら殺す?〉
〈殺す?〉
〈始末?〉
「殺さないで?! なんでもかんでも殺そうとしないで?! 次会った時も殺さないで?!」
ジェニークは何もないはずの周りに向かって──ジェニークにだけ見える者たちに向かって、必死に説得をした。
そして、彼らが不承不承それに納得すると、やっと肩の力を抜き、震える膝に力を込めて、泉へと歩き出した。
(やっと……水浴びが出来る……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます