落書き置き場─その2─

山法師

宝くじが当たって億万長者になった私ですが、熊と遭遇して死を覚悟しました。

「は、はは、は……」


 引き攣った笑いしか出てこない。

 目の前のそれに、体中から冷や汗が吹き出し、足はガクガクと震え、とうとう、べしゃりと地面に座り込んでしまった。

 座る、というか、腰が抜けてへたり込んだんだけど。


「……フシュゥ……」


 目の前に居るのは熊。

 しかもなんか、普通の熊より大きい気がするし、毛は真っ黒で、なんだろう、日本にいる熊と違うような……。


 腰が抜け、気絶しないだけで精いっぱいの私は、どうしてか脳みその冷静な一部分でそんな感想を持つ。

 持ったところでどうした。

 逃げられない。

 食われる。

 走馬灯なんて流れやしない。


 ああ、山道になんて入らなきゃ良かった。

 いや、そもそも、早朝ランニングなんてしなきゃ良かった。

 引っ越したばかりで道を知らないから覚えるのも兼ねて、とか、家でのんきに準備してた自分を引っ叩きたい。


 ああ、自然弱者。都会っ子。

 熊出没注意の看板に『まあどうせ出ないっしょ』とか思っていた自分を殴りたい。

 それはホント殴りたい。


「……あの、すまないが」


 あ~あ~、やーだやーだ。

 熊に食べられて人生終了なんて。

 宝くじ当たって億万長者になったばっかなのに。


「そこのお嬢さん」


 ブラックな職場を退職して、のんべんだらりと過ごすはずだった人生が一瞬で終わり。

 あっはは。


「ここは、どこだろうか?」


 しかも? 食われる熊に場所を尋ねられていますね?

 幻覚と幻聴、ここに極まれり。


「はは、何をおっしゃいます熊さん。ここはあなたのナワバリでしょ? で、私がそこに入っちゃったんでしょ? ははは」


 左の手をひらひら振って幻聴に答えた私へ、私を見つめるすげーデカイ熊は不可解さを見せるように眉間にシワを寄せた。

 なんとも、人間的な仕草だ。

 熊ってこんな表情すんの?


「……いや、ここは俺の領地ではない。地形も植生も何もかも違う。魔力も薄い……いや、ほぼ無い……? 本当に、ここはどこなんだ?」


 熊はそう言って、鼻をフスフスとひくつかせながら私に一歩、もう一歩と近づいてくる。

 ああ、確実に『死』が近づいてくる。

 さよなら今世。久米島くめじま梨花りか享年二十四歳。

 来世があるならもっと長生きしたい。


「……それに、お嬢さんは俺のことを知らないようだな……。不可解に次ぐ不可解だ。妖精にでも惑わされ──お嬢さんっ?!」


 限界だったらしい私の意識はそこで途切れ、最後に視界に映ったのは、倒れ込む私を見て狼狽えたカオを見せる熊だった。

 

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