第14話 誰も仲間じゃなかった


 まるで予期していたかのように、ファヴが華麗にその影を避ける。予期していなかったネネユノはファヴの背中と壁の間に挟まって呻くこととなったが、怪我をするよりはいい。


「痛いぃ……あれれ? シーフさん」

「えぇーっ! ユノちゃん? なんでここに……っていうかまだオレの名前覚えてないの? 2年一緒にいたのに?」


 ネネユノが「ええと」と名前を思い出そうとしたとき、彼女を押しのけるようにして背後からアカロンがやって来た。

 ファヴはアカロンに触れられる前に身体をずらし、ネネユノを連れて家屋の隅へ移動する。逆側の隅には若い女の子が聖杖を抱えてうずくまり、震えていた。


「迎えに来たぞ」

「助かる。結界魔法使うほど魔力がねぇから防御魔法で凌いでたけど、それももう限界だったんだ」

「でもその前に預けてた財布と貴重品袋返してくれ」

「他パーティーのシーフが怖いから持っとけって言ってたやつな。もう安全なのか?」


 冒険者とは全員が真摯にダンジョンを攻略しているわけではない。野盗のごとく他の人間を相手に狼藉を働く者たちも少なくないのである。


 シーフが懐から革の袋をふたつ取り出し、アカロンに差し出した。

 その間にも、ふたりの視線はファヴへと向かっている。


「月侯騎士団だぜ。怖いモンなんかねぇよ」

「へぇ! 月侯騎士団と仲良くなったのか、そりゃすごいな」

「だろ。1、2……5……13……うん、確かに」


 財布の中身を確かめ終えると、アカロンはそれを無造作にポケットに突っ込み、自身のカバンからくるっと巻かれた紙を1枚取り出した。

 ネネユノがファヴの背中から頭を出して覗き込み、「あ!」と大きな声をあげたところでファヴがその口を塞ぐ。


「んぐぐぐーぐぐぐ」

「ダンジョンで大きな声を出すな」

「んぐっふ。……だってあれ緊急避難のスクロールですよ! 持ってるなら最初から使えばよかったのに。そしたらみんなで帰れたんじゃ」


 ネネユノがアカロンの持つ紙を指して言う。


 スクロールとは魔法そのものである。専用の紙に専用のインクで魔法陣を描く。紙を破ることをトリガーにしてその魔法を発動させるという使い切りの道具だ。

 特性を持たない人間が魔法を使えるという意味では大変便利だが、需要に対して供給が追い付いておらず値が張るという意味では使い勝手の悪い代物でもある。


 中でも「緊急避難」は、発動すれば即座に指定された場所へ転移できるというもの。ダンジョンに籠る際に持っていると安心度が桁違い……なのだが。

 全員の視線を受けたアカロンがスクロールを高々と掲げて見せた。


「ふはははは! 悪いな、これは一人用なんだ!」


 言い終えるなり、ピリ、とスクロールを破く。

 ファヴが慌てて声を掛けた。


「おい! お前の呪いはまだ――」


 しかしアカロンの姿はもうない。金を回収して逃げた、ということである。


 シンとした家屋の中で、ネネユノとシーフは状況を理解できないまま顔を見合わせる。目をパチパチさせていると、そのうちにファヴが深い溜め息をついた。

 数秒後、抜け落ちかけていたネネユノの魂も戻って来て、状況を再確認。アカロンがいたはずの場所を震える手で指差した。


「ええ……。逃げたんだけど」

「アイツ、金だけ取りに来たのかよ……」

「私のお金が」


 ファヴはネネユノの頭をポンと叩き、ずっと震えたままの見知らぬ女性の元へ向かった。


「これ以上魔力が尽きたら命にかかわる、その防御魔法はもう解除していい。それから、これをやるから飲め」

「え……魔力回復薬ポーションですか、高いのに。いいんですか」

「俺たちは送ってやれない。シーフなら比較的安全な道を探れるだろう。魔力があればふたりで協力して戻れるはずだ」


 聖杖を支えにしながら立ち上がったヒーラーは、魔力ポーションを受け取って一気に煽った。口角が下がったところを見る限り、美味しくはないのだろう。


「送ってくれないんです、か。月侯騎士団さんなんですよね、あたし、怖いです。迎えに来てくださったんだとばかり……!」


 ファヴにすがりつくヒーラーに意味もわからず腹が立って、ネネユノは手に持ったままだった弓でシーフを殴りつけた。

 最初の1発はしっかり当てられたが、身軽さと素早さで抜きんでるシーフを相手に、2発目は入らない。


「痛ぇな。ユノちゃんってそういうキャラだった? ……ってかその弓、どうした」

「ゴブリンが持ってた」

「それ、うちのアーチャーのだぞ」

「は?」


 シーフと弓とを交互に見る。言われてみれば、見覚えがあるような、ないような。

 魔物が持っていたというなら、その本来の持ち主がどうなったかなど考えずともわかる。それ以上何も言えなくなったふたりのところへ、ファヴが腕にヒーラーをくっつけたままやって来た。


「これは推測だが、ゴブリンになった――が正しいと思う」

「え」

「魔物になる呪いだ。攻略が遅々として進まないのも、その呪いで仲間が魔物になるせいだ。殺せないんだろう。解呪魔法は呪いの重さによって必要な魔力量が変わるが、この呪いは重すぎる。何度も解呪できない」

「私殺しちゃったじゃん!」

「俺は、装備も金銭も奪って放り出す人間を仲間だとは思わないし、ゴブリンはゴブリンだ」


 ネネユノとファヴのやり取りに驚いたのか、ヒーラーがファヴの服から手を離す。

 シーフはポリポリと頭を掻きながら、しかし小さく確実に頷いた。


「仲間じゃないってのは同意だ。ここにユノちゃんが来て、オレすげぇびっくりしたし。つーかアカロンもオレたちを置いてったし。誰も彼も、最初から仲間じゃなかったんだろうな」


 そう言いながらシーフはネネユノに革袋を差し出した。

 先ほどアカロンがポケットに入れたはずのものであり、さらに言えばネネユノの財布でもある。


「私の財布……。えっ、どうしたのこれ」

「嫌な予感がして、アカロンがスクロール出したときに盗っといた。これ返すわ。悪かったな」

「ま、まあ返してもらえれば別にいいんだけど……」


 ネネユノが革袋を受け取ると、交換とばかりにシーフが弓を手に取った。彼は何も言わず弓を自身のカバンへ放り込む。その瞳はネネユノが初めて見るような穏やかさだった。


「そんで? 月侯騎士団さんはオレたちのこと送ってくれないんだっけ?」

「ああ。俺とユノは少しこの辺りを見てまわろうと思う」

「なんて?」


 さすがに初耳である。

 ネネユノはファヴに聞き返したが、返事はない。



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