第11話 不思議な指示


 ダンジョンの入り口は宿場から歩いて1時間ほどのところにある。古代の神殿跡と思われる場所にその入り口があるらしい。


 クローとシャロンはファヴの指示で宿場に居残りだ。

 お喋りなふたりが不在なため、この実に静かな1時間は苦痛そのものだった。が、それもついに終わりである。ネネユノは下手くそなスキップで崩れた石柱の間を跳ねまわって、こけた。

 ファヴがすんでのところでカバンを掴まなかったら、確実に額を石にぶつけていたところだ。


 入り口付近では怪我人をヒールする冒険者たちの姿がそこかしこに見える。ネネユノたちは彼らの脇をすり抜けてダンジョン内部へと入った。

 有志が取り付けた壁の灯りを頼りに最初の階段を降りる。


「このダンジョンが発見されてそろそろ2ヶ月だけど、攻略は全然進んでない。7層くらいまでじゃないか」


 怪我人を抱えて入れ違いに階段を上るパーティーを見送りながら、アカロンが呟いた。


「7層?」

「難関と言われるダンジョンも最初の10層はひと月掛からないのにか?」

「んじゃ、今後はここが最難関になる」


 ダンジョンはその名の由来である「地下牢」のごとく、蟻の巣のように迷路を作りながら地下深くへ続いていくのが普通だ。降りれば降りるほど敵が強くなるし、素材の希少性も上がっていく。


 攻略とは階層地図を作ったり、灯りを設置したり、魔物の少ない区域に休憩拠点を作ったりして後進が出入りしやすくすること、と定義される。

 たとえば階層ボスと呼ばれるような最初の攻略時にしか出現しない魔物の素材や、新しい階層の地図は高額で取引されるため、腕に覚えのある冒険者はこぞって攻略に乗り出すのだが――。


「呪いのせいか?」

「知ってんのか。さすが月侯騎士団だな。その呪いが厄介で――うわあぁぁっ!」


 最初の階段を降り切ったところで、アカロンが叫んだ。

 突然の大声に驚いて確認すれば、彼の左手がどんどんと緑色に変色していくではないか。ゴツゴツと骨ばって、皮膚もかさついている。それはまるでゴブリンを彷彿とさせた。

 ネネユノは瞬きも忘れてその腕をまじまじと見る。


「なななにこれ、魔物みたい」

「人を魔物に変えてしまう、そういう呪いだ。この男は恐らく俺たちに会う前から既に呪われていたんだろう。この呪いはここ十年ほどでその発生件数が大きく伸び――」

「おいおいおいおいおいおい! のんびり解説してんなよ!」


 アカロンがネネユノの目の前に左腕を突きつけ、腕まくりをする。緑はすでに前腕の半ばに達しようとしていた。

 治せと言いたいのだろうが、アカロンがいつ呪いを受けたのかわからないと正しく治せない。それに呪いは全身の時間を戻す必要がある。全身を長時間戻すというのは、それだけ弊害も多くなるのだ。


「え、と。その呪いはいつ――」

「そんなんどうでもいいだろうが! 早くやれよっ」


 右の拳を振り上げた。

 暴力で脅して、時には本当に殴ってネネユノを思い通りに動かそうとするのは変わらないらしい。

 しかしその拳が振り下ろされることはなかった。ファヴが彼の右腕を掴んでしまったからだ。振りほどこうともがくアカロンの顔が真っ赤に染まる。


「ユノ、宿場で会ったときくらい元気な姿に戻してやるといい」

「え……」


 ファヴの言葉に違和感を抱いて見上げると、その翠の瞳は冷え冷えとアカロンを見つめていた。パッと手を離すと、アカロンは勢いあまって転倒。「ぎゃっ」と悲鳴があがった。


 普通なら「解呪しろ」と言うはずだ。だが、彼の言葉をそのまま受け取ったなら「1時間分巻き戻せ」となる。

 彼はネネユノの使う魔法が時魔法だと知っているのだろうか。

 首を傾げたネネユノにファヴがさらに言葉を重ねる。


「この腕を治してやれ」

「わかった」


 やはり、意図して「解呪」とは言っていないように思う。ファヴの真意はどうあれ、リーダーの指示には従うべきだ。

 ポケットから出した懐中時計を背中に隠し、手探りで針を1時間戻す。右手をアカロンの左腕に添えて細く息を吸った。


「“戻れジール・ナピス”」


 口の中で小さくそう唱えると、アカロンの腕が淡く光り始める。

 戦闘中に負った怪我を即時治すのとは違って、1時間分戻すのだから一瞬で終わりというわけにはいかない。


「……紅蓮の炎に還れサラマンダー。何も残さず、決して中に入ることなかれ。神の祝福がこの者の血肉、骨、全ての血管を流れ、守り、そしてかく終わるべし」


 言い終えると同時に光がおさまり、アカロンの腕もすっかり元に戻っていた。

 目を丸くしながら自分の腕を確かめるアカロンの横で、ファヴがネネユノの耳元へ口を寄せる。


「あんな詠唱は聞いたことがない。それに君があれほど長い呪文を詠唱しているところも見たことがない」

「えっと、あの、なんか唱えてたほうがそれっぽいから。……今のは火傷を治すローカル魔法です。魔法っていうか呪術っていうか」

「火傷……なるほど、それでサラマンダーか」


 治癒に時間がかかるときには、「ぽい」ことを呟いているほうが気まずさが紛れる。アカロンに対しては特に、そういう小細工が必要なのだ。

 まさか火傷用の呪文を詠唱されていたとは知らないアカロンは、満足そうに頷いて再び歩き出した。


「これでもっと早く治せれば完璧なのに、相変わらずとろいよな。ま、呪いの不安も消えたところで早速行こうぜ。5層の端にいるはずだ。ヒーラーが魔力を使い切りやがって、マジで迷惑したぜ……」


 呪いの不安は未だ続行中だが、本人は気付いていないらしい。

 だがヒーラーと無事に合流し、さらにヒーラーの魔力が回復すればすぐに解呪できるのだし、このまま先を急ぐのがいいだろう。


 攻略済の階層ということも手伝って、魔物の少ない道を選べば5層まではすぐだった。

 しかしアカロンの案内で彼の仲間の元へ向かうと、そこにはたくさんの魔物の姿があったのである。



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