第9話 ここでお別れ


 帰路はほとんどの時間を、クローによる質問攻めから逃げることに費やした。

 魔術師は魔術の研究者という側面も持っている。ネネユノの使った時魔法が、彼の知っている魔術の理から外れているのだから、そうなるのも必然と言えよう。


「普通に考えて、砕けた身体を治すにはオレと同等の魔力量のヒーラーが、最低ふたりは必要なんだぜ? それを何回やったのよ、どんだけ魔力あるのォ?」

「あー……たぶんたくさん?」

「ってか、蛙に捕まったとき! あれは何をしたのか教えて。なんで食われなかったの!」

「蛙の気分……じゃないかなぁ?」

「確かにユノは美味しくなさそうだ」


 クローの質問をはぐらかしていると、時折ファヴが会話をかき乱す。


「はぁ? そそそそんなこと、ファヴに言われるとなんかモヤっとするんですけど」

「肉が少ない」

「そういうことっ? ……それはそう、かも」

「納得しちゃうのねぇ」

「ねぇオレの質問どうなったのっ?」


 と、そんなこんなで一行が始まりの街――ネネユノとファヴが出会った街に戻って来たのは、標的であるインビジブルフロッグを討伐してから2週間弱が経過した頃だった。疲労を考慮して帰路はゆっくりと戻って来たのである。


 その頃にはネネユノも月侯騎士団の面々といくらか打ち解けていて、別れを惜しんでいた。

 とはいえ彼らはエリート集団であり、ネネユノは駆け出しの冒険者だ。その道程が交わることはあっても重なることはない。


「報酬の支払いはギルドに達成報告をしたときだったな」

「そうですぅ……お別れ寂しいよぉぉでもお金は欲しいぃぃ」

「すっごい素直ね、ユノちゃん」


 シャロンに慰められながらギルドへ入り、看板娘の受付嬢マリアのところへ。

 マリアは依頼達成の報告に目を丸くして驚きながらも、自分のことのように喜んでくれた。この笑顔にどれだけの冒険者が心を盗まれたことだろうか。


「Bランク募集だったのに、達成できたの? ユノちゃんすごいわ!」

「えへへ、えへぇ」

「月侯騎士団の依頼を達成したんだもの、これからご指名の依頼も増えるかもね。良かったわ、アカロンのところを追い出されたって聞いて心配していたから」

「だといいんだけど――」

「手続きを急いでくれ。俺たちは今日のうちにここを発ちたい」


 ネネユノと受付嬢の会話をぶった切ったのはファヴである。

 別れを惜しむネネユノのことなどお構いなしで出発時間を気にする様子に、ネネユノはムッとして頬を膨らませた。


 ネネユノは、シャロンやクローがイコニラ雨林へ出発する前に「早く戻らないと」とか「王子殿下が」とか言っていたのを思い出す。事情があるのなら仕方ないとは思うが、でもやっぱり、少しくらい寂しがってくれてもいいのに。


「なんだその顔。蛙の真似か? よくできてる」

「違いますぅーーーー」


 しかもデリカシーもない。

 こんな奴、お別れになってせいせいする。ふんだふんだふーん。とそっぽを向く。


 ネネユノが明後日の方向を向いている間に、達成報告は着々と進められていった。依頼料の精算と道中で狩った魔物の素材の売買。それに、大猿の亡き骸から拾ったネームタグも。


「あぁ……行方不明になっていた魔術師ですね。彼も魔物に……。ありがとうございます、登録情報を基にご家族へ連絡をしておきます」


 寂しそうな笑みを浮かべる受付嬢にネネユノは、なるほど、やはり家族がいるからネームタグを作ったのかと納得した。

 それならば自分にはいらないな、とも。


 両親はずっと昔にネネユノを置いていなくなってしまった。いつか迎えに来ると言ったまま、孤児院を出なければならない年齢になったのが2年前だ。

 きっと両親は死んだのだろう。そうでないと、捨てられたことになってしまう。

 だからふたりの足跡を辿る旅に出たい、それがネネユノの夢であり、原動力となっていた。まずはその資金が必要なのだ。



 全ての手続きを終え、20万ゴルグの報酬を受け取ってギルドを出る。ついに別れのときが来た。

 ファヴ、クロー、シャロンを前にして、ネネユノは鼻水をすする。


「もっと一緒にいたかったぁ……ぐすッズビッはーグズッ」

「ユノちゃんは女の子なんだからもっと可愛く泣けよなー」

「あら、これがユノちゃんの可愛いとこじゃない。クローにはわからないのかしら」

「みんな可愛がってくれるから好きぃぃ……ジュビッ」


 17のネネユノにとって、24のクローも23のシャロンも立派でまともな大人だ。孤児院時代も、冒険者になってからもほとんど出会ったことのない人種である。

 人生の指針を失うという意味でも、ネネユノにとってこの別れは喪失感が大きかった。


「時間だ」


 ファヴの声が冷たく響く。

 行動はちょっと突飛だが頼れるリーダーかと思い始めていたのに、人の心はないのか。もう少し別れを惜しんでくれたって――。


「ぎゃっ」


 ネネユノがじろっとファヴを睨んだ瞬間、身体がふわりと浮く。ごろんと横になる感覚と同時に、オリーブ色のふわふわボブヘアーが乱れて彼女の視界を遮った。

 ファヴが荷物のごとくネネユノを小脇に抱えたのだ。この数週間ですっかり慣れてしまった感覚ではあるが、しかし。


「なになになになにっ?」

「王都へ連れて行く」

「えぇっ? なんでどうして何っ?」

「もっと一緒にいたいと言ったのは君だ」

「言ったよ? 言ったけど、えっ?」


 クローとシャロンは呆れ顔で肩をすくめた。


「諦めなよ、ユノちゃん。ファヴは有用な人間を放っておかないんだ」

「お別れを言っておきたい人がいるなら――って思ったけどもう時間ないわね、諦めて」

「えぇーっ」


 全く状況が理解できないまま、ネネユノは北へ向かう馬車へと放り込まれる。

 首根っこをがっちりとファヴに捕まえられ、逃げることはかなわない。いや、逃げる理由もないのだが。


「王都行ってどうするんですか」

「月侯騎士団に入れる、許可をもらう」

「ひぇぇぇーーー!」


 やっぱり逃げたいかもしれない。

 インビジブルフロッグ並みの敵と今後もやり合うなんて、命がいくらあっても足りないではないか。

 乗合馬車の窓に手を伸ばしたネネユノだったがファヴの力の前には敵わず、叫び声だけが響いたのであった。



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