第30話 すべてがつながった

「『中辻修二』は僕の祖父の名前と同じ。でも、会ったことは一度もない。親父に聞いた話だと、僕が生まれるよりもずっと前に死んだという話だ。一度も会ったこともないし、親父も話したがる様子もなかったので聞いたこともなかったのだけど、この島の出身だったのだと言えば納得も出来る部分はある。僕が子供の頃、どうして観光地としても有名ではなかったこの島をサマーキャンプの場所に選んだのか。それは要するに親父自身が里帰りをしたかったということだ」


「やっぱりそうなのね。これで、全てがつながったわ」


「ああ、僕も同じことを考えていたよ」


「あの民家にあった写真。志乃ちゃんと一緒に写っていた写真の少年は達哉じゃなかったんだよ。古びた写真だったから変だなとは思っていたんだけど」


「あの写真に写っているのは僕の親父だ。親父がまだ子供の頃で、この島に祖父の中辻修二と一緒に住んでいたころの写真」


「つまり、志乃ちゃんが最初にあった『なかつじくん』は、達哉のお父さんで――」


「それから三十年経って夏休みに僕に出会ったのが二回目の『なかつじくん』だ。我ながら、親父の子供の頃とここまでそっくりだったのなら、志乃が間違えて声を掛けてもおかしくない。それに、近くに三十年前の『なかつじくん』がいたところで、同一人物だと結び付けるのむつかしいと思うよ」


「本人は年を取らないのだからなおさらね」


「やっぱり志乃は……」


「ええ、細川さんに連絡して確認をとったわ。あの民家の持ち主である、この島から内地に移り住んだという彼女に娘はいなかった。替わりに、『細川志乃』という人物について心当たりはないかという質問をしたら、案の定だったわ。

『細川志乃』という少女について、この島の人間なら知らない人はいない。だけど、聞いたところで誰も答えようとはしない」


「それが、この島の誰もが忌むべき出来事だから?」


「そう。1972年、当時この炭坑の現場監督だった地主の細川平蔵の一人娘、当時十歳だった細川志乃ちゃんは、炭坑の火災に巻き込まれて亡くなったのよ。防火扉を早い段階で閉めるように指示した、細川平蔵はまさかその先に自分の娘までいるとは思ってもみなかったでしょうね。

 それから後に、内地に住んでいる細川平蔵の弟である細川俊蔵。今の大家さんのお父さんが遺産の一部を引き継いだらしいわ。あの民家もその一つで、維持するために無料に等しい価格で宿泊客を呼んでいるという話だったわ。あの民家で眠ることで変な夢を見るという現象は、もしかすると無念に命を落とした達哉のおじいちゃんやその仲間。それに幼くして事故に巻き込まれた志乃ちゃんが見せた、本物の怪異譚なんじゃないかしら?」


「まさか、僕たちの冒険の数々で、本物の怪異譚に巡り合うことになるなんて……」


「幸か不幸か、あたし達は巡り合ってしまった。だから、この一連の出来事を達哉が公の場に後悔することで、達哉は祖父である中辻修二さんや、初恋だった細川志乃ちゃんの迷える魂を鎮魂できるのじゃないかしら? もしかすると、あたしたちはそのために、こうしてこの島にめぐり合わせる運命だったのかもしれない」


「運命とは、大げさだな。でも、やらない理由はないな」


「ありがとう」


「でもさ、八年前に細川志乃が子供の姿で僕の前に現れた理由は理解した。だけど、なんで今回は大人になった姿で僕たちの前に現れたんだろうか?」


「それはさ、達哉のほうにも原因があるんじゃないかな?」


「僕に?」


「あたしがおもうに、あの幸福を呼ぶホタルって何なのだろうってずっと考えていたんだけど、あれはきっと見たいものを見せる幻覚作用なんじゃないかな?

 達哉がこの島に八年ぶりに来て、一番見たかったものは何? 八年前に志乃ちゃんとの出会いで、自分が彼女を殺してしまったかもしれないという罪悪感から、もし彼女が無事で大人になっていればという可能性を考えていたんじゃないのかな?

 その結果として、あの青白い光が起こす現象として見せられた幻覚が、大人になった志乃ちゃんの姿。

 元々は別々の、ふたつの怪異がめぐり合わせることで起きてしまったのが今のこのおかしな夢の世界なのかもしれないとあたしは思うんだ」


「僕が、そうであってほしいと願って自ら作り上げた幻覚に、この炭坑に居ついた怨念が便乗してしまった。だとすれば、どうすればこの悪夢は終わるんだろう?」


「それは大人になった志乃ちゃんが、納得するような世界を見せる必要があるんじゃないのかな? うまくいくのかどうかはわからない。でも、あの青白い光がそうあってほしいと願う幻覚を見せるのであれば、志乃ちゃんの霊魂に幸福な幻覚を見せて納得させる、なんてことができるのかもと思うのだけど……」


「なんて都合のいい考え方だろう。でも、夢の世界、あの光が見せる幸福な幻覚なんてあるのなら、そういう都合のいい結末も、ありうるのかもしれない」



 僕たちはそこまで語り合い、息をのんで黙り込んだ。


炭坑の口の方から、かすかな音が聞こえる。何かを引きずりながら、ゆっくりとこちらの方へと歩いてくる音。


だんだんと近くなってくる。


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