第16話 昔話3


しばらく森を歩き、抜けた先は木の一本すら生えていない開けた場所だった。


島の中央の山を丸ごと抉り取った、という表現がしっくりくるほどの壮観な景色だ。土埃にまみれたその窪地のような場所の内径の淵にはぐるりと囲むような住宅の死骸がある。いや、住宅というよりは休憩所と言ったほうが伝わりやすいかもしれない。木板を立てただけの外壁に貧相なトタン屋根がついているだけのものを住宅と呼ぶにはふさわしくない。

 見上げる窪地の壁面の上にはいくぶんつくりのしっかりとした住宅と呼べるようなものがいくつかあり、その一つが僕たちが今借りている細川家所有の家だということは言わなくてもわかると思う。


 窪地の壁面の数か所には横穴が空いており、それぞれの先は暗くその先は見えない。更に窪地中央に行くほどに、二段、三段と階層が広がり、それぞれの壁面にもまた同じような横穴がいくつも空いている。


「なるほど。これは本当に洞窟だな」


 ただの炭鉱あとに過ぎないその横穴の数々に対して、テンションの上がった僕はつぶやいた。そのころ勇者が冒険をして、洞窟に眠る宝箱を開けるようなゲームをよくやっていた。まさにその冒険が今目の前にあると感じることができたんだ。


 その中でも特に、ひときわ異彩を放つ入口がある。言わずもがな、真の宝はその先にあるとしか言えないような横穴だ。


 その横穴の入り口は他の穴とは違い、穴の入り口に鳥居が立っているのだ。朱色に塗られているイメージのある鳥居だが、その鳥居に関して言えば色はなくむき出しの丸太をそのまま鳥居にしているようにしか見えない。塗装が剥げてしまったという印象ではなく、初めから朱色に塗られていなかったのだと思う。きれいに成形されたものでもない。歪に湾曲した材木そのままを感じさせる鳥居だ。


 おそらく周りの森林から伐採された木の皮を剥ぎ、枝を取り払っただけの材木を釘で鳥居に形に打ち合わせたものだろう。


 今の僕にはわかる。初めからなにかを祀るためというより、急遽祀る必要が生じて、有り合わせの材料で取り急ぎつくたっ鳥居だと考えていいだろう。

 だが、当時の僕からすれば、それが神聖な入口を示している象徴以上の考えは廻らなかった。


 僕は率先して志乃の手を引き、その洞窟へと向かった。入り口には金属製の格子戸がつけられていて、大きな南京錠もついているが、腐食もかなり進んでいた。試しに格子を握り、ガタガタを宇賀貸しているうちのそのうちの一本の根元が進行した腐食により外れた。そのまま力を入れることで簡単に折り曲げることができ、小さな子供の体であれば通り抜けることが可能だった。


 ポケットからREDの懐中電灯を取り出す。洞窟の奥を照らすと随分奥まで続いているようだ。


「宝物を見つけたら、僕たちきっとお金持ちだね」


 そんな馬鹿なことを言いながら奥へと進む。志乃はほとんど無口に黙ってついてきた。


 実際道のりがそれほど長いわけではない。だが、きれいな道ではなくぼこぼこ下地面で道幅も狭く、子供とはいえ二人並んで歩けるほどの道ではなかった。それに、LEDの懐中電灯を持っているからと言って通路のすべてが見通せるわけでもなく、慎重を期すためにそれなりの時間がかかった。


 志乃と陽菜にはそう伝えたが、実際は少し違う。さっさと進んで何もない突き当りにすぐに到着してしまうであろう予測は幼い僕にも十分にあった。だから僕は、このわくわくがもっと長く続くようにとわざと時間をかけて歩いたのだ。

 志乃が怖がってくれればなおいいと思っていた。僕はもともと幽霊だとかオカルトなんかはまるで信じていなくて、怖いと思うこともなく、却って志乃が怖がり、僕を頼ってくれればそれもまた良しだと思うところもあった。


 坑道は途中で明らかな変化を見せた。一目でそれとわかるように通路が狭くなる部分がある。そしてその部分を境に壁面の色が明らかに違うのだ。それまで赤土の混ざった茶色い壁面が、すすけたような真っ黒な壁に変わり、少し頭を下げなければ歩きにくいという狭い通路だった。その通路はしばらく進み突き当りとなった。

 先細り、ついに突き当たった行き止まりの先は横向きに進んだ単なる凹みでしかない。それ以上道がないことをはっきり示す一つのものとして、子供が両手で持ち上げるには少しばかり無理がありそうな石があり、それを護るような形の小さな朱色の鳥居がある。ここにある石が、何か特別なもので、それを護るために鳥居が置かれているのだということは子供の僕にだってわかる。

 当然、それを悪戯ごころで壊してやろうなんて気持ちはみじんもない。


 僕は振り返り、志乃と顔を合わせた。志乃の顔は煤だらけで真っ黒だった。


「どうしたの、その顔。真っ黒だよ」


「なかつじくんこそ、気づいてないの?」


「え?」  

 

 僕は手で顔を拭ってみた。煤がついているのだろうかと自分の手を見たが、すでに手は煤だらけの真っ黒で、もはや顔が汚れていたのかどうかもわからない。この狭くなった通路の壁が真っ黒なのは、もしかすると煤のせいかもしれないと思い、壁にライトを当ててみる。


 しかし、REDのライトは突然光を失い、完全な闇が訪れる。


「あれ、故障したのかな?」


 暗闇の中で懐中電灯をたたいたり振ったりしてみるが、なんの反応もない。


「まいったなあ。こんなに真っ暗じゃ何も見えないよ」


 わざとらしく口にしたのは、それが死のを怖がらせるための演技でやっているわけじゃないとアピールするためだった。




 完全な暗闇に中で、ぱちり、ぱちりと音がした。天井から、小さな石が落ちているような音だ。


それは後ろ向きになっている僕の背中の方向で、そこは突き当りの壁があるばかりのはずだ。


 いやな予感がする……


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