201話~その場しのぎ~

タンッ。

クレイが一瞬、跳ねるような素振りを見せた。


ガキィン!!

次の瞬間、クレイは一気に間合いを詰め、横振りの一撃を放つ。

優人は不意の攻撃に反応し、抜刀してその一撃を受け止めた。


――重い。


刃がぶつかった瞬間、優人は悟る。

この剛力、まともに受けたら腕の骨が砕ける。


咄嗟に優人は右足の裏でクレイの剣の刃を蹴り飛ばす。

だが、クレイの腕力の方が勝り、優人の身体が後ろに弾かれた。


ズサァッ!

地を滑るように後退し、膝を折って着地する優人。

しかし、その体勢を整えるよりも早く、クレイは追撃を仕掛けてきた。

右腕一本で大剣を振り上げ――、そのまま叩きつけてくる。


「嘘だろ!?」


人間離れした腕力。

一撃を放った直後に、間髪を入れず次を振る――

そんな芸当、常識の範疇ではない。


防ぐことも避けることもできない。

優人は咄嗟に左手で鞘を押し出し、クレイの肘に鯉口を叩き込んだ。


「ぐっ……!」

クレイの顔が歪む。


関節――肘に一瞬の痺れ。

優人はその隙に距離を取り、体勢を立て直す。


クレイは追撃を止め、右手の大剣を下ろして優人を斜めに見据えた。


「……なるほど。確かに、まともにやり合える剣士じゃねぇな。」

優人が口を開く。


「今、何をした?」

クレイが短く問う。


「地上界の知恵だよ。」


「地上界……。

なるほどな。侍とは何度かやり合ったことがあるが、

動きが違うと思ったら――神隠し子か。」


「ほぅ。どう違う?」

優人が興味を示す。


「天上界の侍は、些か攻撃が強引だ。

無理をしてでも一撃を入れに来る。

そして、勝てないと思えば――捨て身の戦法を取る。」


「捨て身の戦法……。」

優人は思わず微笑した。


日本人特有の戦術、いわば“特攻”。

つまり、天上界にも虎太郎のような侍が来て、その流儀を残したのだろう。


「捨て身の戦法――それは日本の誇りだ!」


叫ぶと同時に、優人は刀を隠し、下段に構える。

そして、地を蹴った。


ミッションドライヴ――。

2速、3速。

徐々に加速し、音を裂きながらクレイに迫る。


キィン!!


だが、必殺の序破急の一撃すら、クレイは正確に読み切り、受け止めてみせた。


「くっ……! 何なんだ、こいつ!!」


受け止められた瞬間、優人はその勢いのまま後方へ跳び、間合いを外す。


鍔迫り合いになれば終わりだ。

力負けすれば一瞬で致命を取られる。


優人は過剰なまでに距離を取り、呼吸を整えた。


――その時、クレイが大きく息を吸い始める。


「ん……?」


次の瞬間。

クレイの口から、凍てつく冷気が噴き出した。


「氷のブレス……!」

リッシュの腕を凍らせたのはこれか!!


咄嗟に優人は刀でそれを払いのけようとした。


ピキィィィィン!!


金属音と共に、空気が張り詰める。

そして――クレイの放った氷のブレスが、粉々に砕け散った。


気づけば、優人の刀――鳳凰の刀身が紅蓮の炎を纏っている。


「燃える……刀!?」


驚愕する優人。


日之内源内の技術と、綾菜とミルの魔力が込められた刀。

赤竜の血を引くミルの魔力が、優人の魔力に反応して燃え上がったのだ。


麒麟の槍『ラインボルト』が雷を帯びるように、

この刀『日之内源内鳳凰』は炎を宿す。


「俺のブレスを溶かすとは……。

その刀、竜の力を帯びているのか?」

クレイが問う。


「ああ。俺の愛しい2人の力を帯びてる。」

優人は静かに納刀しながら答えた。


「思った以上に厄介だな。

聖騎士にエルフ、そして竜を宿す侍。……何者だ、お前達は?」


「神隠し子と、旅先で知り合った仲間さ。

それより――お前は、俺を殺した後どうするつもりだ?」

優人が問い返す。


「殺した後? 俺に勝てないと、もう分かっているのか?」


「ああ。

力も速さも技も経験も、どれを取っても勝ち目は無い。

ここまでの打ち合いで充分理解した。」

優人は苦笑を浮かべる。


「お前を倒した後は、逃げた村長の娘を拐う。」

クレイの声に、優人は顎で馬を指す。


「どうやって?」


クレイの視線の先――地面に倒れ、息絶えた馬。


「……。」

クレイは言葉を失った。


「お前の任務は失敗だ。

俺を殺しても、もう何も変わらない。」


ここは王都とスタット村の中間地点。

馬を失った今、馬車を追うことも戻ることも不可能だ。


――優人の狙い通り。

わずか数分の交戦で、目的は達成された。


カチャリ。

クレイが再び大剣を構える。


「……お前を八つ裂きにする。」


状況を理解してなお、怒りを抑えきれない。

だがその反応が“人間的”だったことに、優人はわずかに安堵する。


「無意味だな。

お前が俺を殺すと言うなら、俺は全力で逃げるだけだ。

時間を稼げば、王都で兵の手配も完了する。」


優人は不敵に笑った。

クレイの剣先に、一瞬の迷いが走る。


優人は畳みかけるように提案する。


「ここで俺を殺すより、

少しでも早く依頼主に“作戦失敗”を伝える方が、

お前の責任じゃないのか?

憂さ晴らしで俺を斬るなんて、プロのやることじゃねぇだろ?」


クレイは沈黙したまま、剣を構えたまま考え込む。


「今、戦いを終えれば、

俺も死なず、お前も任務を全うできる。

それでもやるなら――俺の全力回避を見せてやる。」


優人は抜刀の構えを取る。


しかし――クレイは突然、剣を下ろし、腹の底から笑い出した。


「ははっ! 斬新な命乞いだな!」

「気に入った。お前の口車に乗ってやる。

俺は村へ戻る。……お前は王都の“愛しい2人”に会いに行け。」


クレイは大剣を背負い、背を向けて歩き出す。

だが数歩進んだところで再び立ち止まり、険しい目を向けた。


「――今回だけだ。

次に会うのは戦場。殺し、殺される場だ。

……この件からは手を引け。」


言い残し、クレイは振り返らずに村の方へ歩き去っていった。


* * *


「ふぅ~……。」

クレイの姿が消えると、優人は大きく息を吐き、腰から崩れ落ちた。


正直――怖かった。


並の戦士ではない。

優人の中で“常識”という言葉が通じない存在だった。


本気で殺気を向けてくる化け物。

それと向き合うのは、これが初めてだった。


「……手を引けるもんなら、引きたいさ。」


独り言のように呟き、優人は空を見上げる。

夜明け前の空は群青から紅へと変わり、

東の地平線から新しい光が昇り始めていた。


真っ赤に燃え盛る日の出を見つめながら、

優人は胸の奥で、まだ消えぬ恐怖と、クレイという男の影を噛み締めていた。

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