第2話 長官の告白


​私はベンチから立ち上がり、MI6のロンドン本部へと向かった。

​長官にすべてを話す。それが、この状況を打開する唯一の方法だと思った。


​だが、エージェントは常に真実を隠すのが仕事。ましてや、私のようなエリートエージェントが、急に「自分は別人だ」と告白したところで、信じてもらえるはずがない。最悪の場合、精神鑑定に回されてしまうかもしれない。それでも、私はこのまま嘘をつき続けることはできないと感じた。


​本部のエレベーターに乗り、長官室のある最上階のボタンを押す。エレベーターがゆっくりと上昇する間、私の心臓は激しく鼓動していた。


​「入りなさい」


​ノックをすると、長官の重厚な声が聞こえた。

​私は長官室に入り、椅子に腰かけた。長官は書類に目を落としたまま、私に視線を向けることはなかった。


​「クラーク、君の記憶の回復は遅れている。任務の再開をいつにする?」


​私は意を決し、深呼吸をして口を開いた。


​「長官、申し訳ありません。お話ししたいことがあります。記憶喪失ではありません。私は…」


​私はありのままを話した。日本の会社員だったこと。交通事故に遭い、このジョナサン・クラークというMI6のエージェントとして転生したこと。そして、この世界の知識も、この体のエージェントとしてのスキルも、何一つとして持っていないことを。


​長官は相槌も打たず、ただ黙って私の話を聞いていた。私は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。

​話終えると、長官は静かにデスクの引き出しを開けた。私は、長官が銃を取り出すのではないかと身構えた。

​しかし、長官が取り出したのは、小さな手帳だった。


​「クラーク…いや、○○君」


​長官は私を、日本で使っていた苗字で呼んだ。


​「その話はすでに聞いていた。君の記憶が戻るまで、待つつもりだったが、正直に話してくれて嬉しいよ」


​長官は手帳を私に差し出した。そこには、私の日本の家族の名前、好きな食べ物、趣味、そして日本の自宅の住所まで、すべてが詳細に記されていた。

​長官は、私の事故後、秘密裏に日本の情報を収集していたのだ。


​「君は、我々が長年追い求めていた『超越者』だ。世界に散らばる情報ネットワークを通じて、君の存在を掴んでいた。君が事故に遭い、我々のエージェントと意識が入れ替わったのは、偶然ではない。これは、我々が仕組んだことだ」


​長官はそう言って、冷たい笑みを浮かべた。


​「さあ、任務の始まりだ。ジョナサン・クラーク、いや、○○君」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る