なんで逃げなかったの?って聞かないで――発達障害とモラハラの10年

なしらんらん

第1話 「社会人ごっこ」で20年逃げ切った話 ~視線をそらして、生き延びた~

大学院まで行って、理系で就職して、正社員で20年働いています――と書くと、いかにも“しっかり者”に見えるけれど、実態は「社会人ごっこ」を全力で20年演じきった結果にすぎない。


うまく演じきれていたかは、自分でもよくわからないけれど、少なくとも私は、今日もまだ、転ばずに立っている。


当時は就職氷河期の末期。「理系ならどうにかなる」という怪しげな都市伝説を信じて、なんとか会社に拾われた。そこから気づけば、もう45歳。目元がたるんできたのも無理はない。


仕事は、続けていれば、それなりに慣れるもので、10年も同じ作業をしていれば、ある程度こなせるようにはなった。

でも問題は、「苦手なこと」だ。


いまだに、人と目を合わせながら即答するような場面では、脳みそが真っ白になる。シャットダウンして再起動しようとする感じ。


そういうとき、私は「視線をそらす」。


真正面から受け止めたら、心が破裂するのだ。だから私は、ふっと視線をずらして、空気のようにやり過ごす。

「精神的カメレオン」――それが私の生存戦略。


……いやまあ、ずるいと言われれば、それまでかもしれない。


でもね、キャリア20年の社員に「なんでこれできないの?」と怒ってくる人は、もはや絶滅危惧種である。みんな、怒る気力すら失って、大人になった。

私も、年輪だけはしっかり育った。


人はそれぞれ、自分なりの方法で生き延びている。

誰かは真正面からぶつかっていく。

私は、視線をずらしてすり抜ける。それだけの違いだ。


そんなふうに、ごまかしながらも働き続けてこられたのは――多分、仕事そのものよりも、帰る場所があったからだ。


うちには、妙に優しい夫と、異様に元気な娘たちがいる。

仕事で失敗しても、家に帰れば「今日ねー!」と話しかけてくる子どもたちと、何も言わずにお茶を出してくれる夫が待っている。

最近は、夫がベイマックスなんじゃないかと疑っている。


夜、布団に入って「ああ、今日もなんとか大丈夫だった」と思える。

それだけで、明日も生きようと思える。


でもね。この「なんとか大丈夫」な毎日が、どれだけ奇跡かは、私が一番よく知っている。


ちょっと道を間違えていたら、私はとっくに壊れていた。

ニートに戻って孤独に押しつぶされていたかもしれないし、元夫に殺されていたかもしれない。

あるいは、自分の価値なんてゼロだと思い込み、朝の光を見ながら「もうやめよう」と思っていた可能性だってある。


だから私は、この幸せを「勝ち取った」なんて思わない。

ただ、「逃げ切った」だけだ。


視線をそらしながら、全力で――。


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