万能薬の噂

ヘイミンクラゲ

第1話 母子

 夏の日差しが指す村の外れで、二人の子供が噂する。

 


「ねぇ知ってる?

 病気で寝たきりだった女の子が、

 治ったんだって!」


「へぇ〜、こんな医者もいない村でよく治ったな」


「なんでも、万能薬を使ったんだってよ!」

 

「万能薬? そんなもん本当にあるのか?」


「あるよ!」


「ふぅ〜ん、じゃあさ、

 その子の家に行って確かめてみない?」

 

「うん!いいよ」


 

 二人の子供は走って行った。


 

 

 


 

「暑い…参ったな」


 青々とした木々が茂る山の中、身の丈ほどもある草むらに囲まれた古道を、男は一人歩いている。剣士とも商人とも違う様相の男は、大きな革製のリュックを背負っていた。


 

「日があるうちに……村に着いておきたいな……」

 


 汗だくのまま野宿を続けていた男は、早く水浴びをして宿屋のベッドで眠りたいと考えていた。

 そんなとき、どこからか甘い匂いが漂ってくる。どろりと濃厚な花の蜜を煮詰めたような甘い匂い。どこかで嗅いだ記憶がある。それも嫌な記憶。

 男は胸騒ぎから、匂いがする方向へ草をかき分けながら進んだ。

 

 拓けた場所に出る。ここが一番匂いが強い。

 辺りを見渡すと女が一人歩いていた。白い布に包まれた、赤子程の大きさの何かを抱えている。

 こんな場所に赤子連れで? ……いや違う。どうやら、あの抱えている何かから匂いは漂ってきているようだ。

 匂いの正体を思い出そうとしたとき、女と目が合った。女は慌てている様子で軽く会釈をし、足早にその場を去ろうとする。

 そのとき、男は思い出した。


 

「ちょっと待て。あんた、それをどこで手に入れた?」


 

 獲物を誘う甘い匂い。マンドラゴラの花の匂いだ。


 

「……この近くさ。盗んだりしてないよ。ちゃんと自分で………飼い犬を使って引っこ抜いたのさ」

 


 マンドラゴラは人型の根を張り、引き抜くと金切り声を上げる植物だ。その声を聞くと死ぬという。女のそばに犬がいないということは、つまりそういうことなのだろう。


 

「そんな厄介なもん、何に使う?」

 

「何って……こいつは、万病に効く薬になるんだろ? 病気の子どもに食わしてやるんだよ」


 

 マンドラゴラは石化を解く薬になると伝承されている。だが、本当の効能は、どんな病も癒し、失った四肢さえも再生するという代物だ。ただ一つ、致命的な欠陥を残して。


 

「あぁ、確かに病を癒してくれる」


 

やっぱりそうじゃないか、と言いたげに女は息を吐く。


 

「だがな、それはそいつらの策略だ。マンドラゴラは死んだ動物の体に種を植え付けて子孫を増やす。だが、もう一つ、自分を食った相手に寄生して増える手段も持っている」

 

「……寄生?」

 


 不穏な言葉に、女は眉間に皺を寄せた。


 

「あぁ。食ったやつはどんな病も癒え、健康な体を手に入れる。だがな、それは体を乗っ取るための下準備。数日もすれば、そいつは食った人間の脳に根を張りだす。そして、逆らうことのできない命令を宿主に出し、山へ誘導する。目的地に着くと、全身を根に覆われ苗床にされてしまう」


 

 女は唾を呑む。

 これが、万能薬として世に出ない致命的な欠陥だ。


 

「だから、そんなもん早く捨てちまえ。犬には悪いがな」

 

「……わかったよ」

 

「そのかわり、俺があんたの子を診てやるよ」

 

「あんたが? ……何者だい?」

 

「俺は魔術師……いや、医者みたいなもんさ」


 

 そう言って、男は古道へ戻って行く。

 女は抱えているそれを名残惜しそうに見つめ、小石ほどの大きさにちぎり、残りを捨てた。


 

 ベッドに幼い女の子が眠っている。その寝息はどこか雑音が混じり、呼吸器系に異常があると素人目にも分かる程だ。

 男は女の子に聴診器を当て肺音を確認し、次に喉の状態を確認する。最後に、人差し指の腹に針を刺し、ぷくっと溢れ出た緑色の血を確認する。そして診断を下した。


 

「王都で流行った病で間違いなさそうだ」

 

「娘は…治るのかい?」

 

「大丈夫。手持ちは無いが、特効薬が開発されている。娘さんは助かるよ」

 

「良かった……」

 

 

女は安堵の表情を浮かべた。

 夫を亡くした女は、一人で娘を育ててきたという。もうこの子しか家族はいない。何がなんでも助けたかった。だが、この村に医者はいない。金もない。頼れる者もいない。だからこそ、噂でしか語られない、得体の知れない物に頼るしかなかった。そう女は語る。

 眠っていた娘が重い瞼を開けた。


 

「……ママ? ……お客さん?」

 


かぼそい声は錆び付いているようだった。


 

「お医者さんだよ。病気治るって! 元気になれるって!」

 

「……そうなの? また………歌えるようになる?」

 

「えぇ!歌えるよ!」

 

「……嬉しい」

 


 娘は控えめに笑い、再び眠りに入った。

 

 活発的で歌うことが好きだった娘は、病にかかったことで体の自由と歌声を失い、笑わなくなっていたという。

 


「病にかかったのはいつ頃だ?」

 


男が涙を拭う女に尋ねた。

 


「一週間前だよ…」

 

「…まだ間に合うな。薬を手に入れて来る。それまでこれで耐えていてくれ」

 


男は魔法陣が書かれた護符を数枚渡す。

これは? と女は尋ねた。

 


「治癒魔術が込められている。完治はできんが、最悪の事態は防いでくれるだろう。すぐに帰って来る」

 

「……わかった、頼んだよ」


 

母子を残し男は旅立った。


 


 


 

 数日後、娘の容態が急変した。夜更けのことだった。

 激しい咳で肺は裂け、青々とした緑の血を吐いてシーツを染めた。


 

「ママ……苦しい……」


 

 男から渡された護符が虚しく光り、治癒術をかける。


 

「こんなもん、ちっとも効かないじゃないか! 」


 

 女は娘の背中を掌の皮が剥がれるほど長い時間さすり続けたが、娘の容態は悪化していった。


 

「ママ……どこにいるの……!? 一人は怖いよ……!」

 

「どこって、あなたの隣に……!?」


 

緑の涙と、耳から流れる緑の体液を見て、女は理解した。

見えていない。

聞こえていない。

背中をさすっているにも関わらず、こちらに気づいていない……感覚がないのだ。


 

「ママ……! ママはどこ!? 一人にしないで!」


 

 母は、なにも返すことができず、ただただ傍観することしかできなかった。

 無意識にポケットに手を入れる。ボロきれに丁寧に包まれた小石ほどの欠片が指先にあたる。


 

「ママ…… また、歌いたい」

 


 娘は虚空を見つめ、諦めに近い願いを言った。

 女は唇を噛み締めながら項垂れる。体中が震え、髪を掻きむしり、声にならない悲痛な叫びを上げる。もう、どうしようもない……

 「ママ……ママ……」という虚しい声と、女の啜り泣く声が部屋の中を満たす。

 

 どれだけの時が経っただろう。娘の声だけが静かに響き渡るようになった。

 母の震えは止まり、何かを覚悟したような優しい声で言った。

 

「大丈夫、大丈夫だよ……また歌えるよ。

 ママも一緒に……歌うからね」


やがて娘の声は聞こえなくなり、部屋に静寂が訪れた。

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