俺が帝国仮面になる
「美辞と麗句を並べ立て、領土拡大促す影で、泣く子を黙らせ切り捨てる、民の心を忘れた帝国、それを正しにやって来たァ、……」
一際高い建物の屋上で、帝国仮面が口上を述べていた。その帝国仮面目がけて、壁を蹴り、屋根を越えて、レビドが駆けていく。速い。ラロワも唸るほどの速度だ。しかしラロワも、そんなレビドに離されることなくついていく。
「帝ぃィィ国ゥぅ……」
そこまで述べたところで口上が止まった。
「おい……。様子がおかしいぞ」
見物の一人がそう言ったかと思うと、帝国仮面の身体が揺れはじめた。足元もおぼつかない。そして全身の力が抜けたように、屋上から体が傾いていく。集まった群衆からは悲鳴が轟いた。帝国仮面の体が屋上から身を躍らせるその瞬間、何者かが帝国仮面の襟首を捕えた。そしてそのまま、帝国仮面の姿は屋上の向こう側へ消えた。
屋上の何者かはレビドであった。追いついたラロワはそのレビドの無防備な背中を、助走をつけて思い切り蹴り飛ばした。レビドは屋上の端まで吹っ飛び、あやうく落ちそうになったところをかろうじて踏ん張った。しかし、背中をまともに蹴られたので息ができず、声も出せない。
「チッ!」
屋上の端に引っかかったレビドを見て、ラロワは舌打ちした。一気にとどめを刺そうと思っていた。次こそはと、更に助走をつけ、駆け出した。ところが、何かに蹴つまずいた。危うく転ぶところだった。何だ、と思って見ると、
「な……っ!」
と、言葉にもならない音声を発した後、固まってしまった。
帝妃であった。
意識はないようだ。静かに寝息を立てている。
しかしラロワが驚いたのはそれだけではない。彼女が身に着けている服が問題だった。空挺用眼鏡と口周りに巻かれた布は外されていたが、それは帝国仮面のものだった。
新聞の写真で何度も見た、あの帝国仮面の服を帝妃は着て、目の前に倒れている。
「なんで……?」
「それは……、私の方が聞きたい……」
ようやく呼吸ができるようになったレビドが歩み寄ってきた。
「帝妃が……、帝国仮面……」
「……そうだ」
レビドに特に動揺した素振りはない。
「……知っていたのか?」
レビドは帝妃の元にひざまずくと、赤い詰襟、黒の
「お、おま……! 何やってんだよ! 破廉恥な」
「おまえとは一時休戦だ。異論は認めん。そんなことしてる場合ではない」
遠くに衛兵の声が聞こえてきた。確実に近づいてきている。
「追ってきたか。
言いつつ、帝妃に自分の服を羽織らせた。
「しかし、なぜ……」
レビドは横たわった帝妃を見下ろし、眉間に深い皺を寄せて、そう呟いた。
「帝妃、どうすんだよ?」
「クーア。腐っても、貴様は帝妃様と同じエウルブ族だ」
「腐っても、は余計だ」
「……不本意だが、貴様を信じてやる」
「え?」
「後宮までの道は覚えているな?」
「あ、あぁ……」
「帝妃様を、頼む」
「おまえは……?」
「俺が帝国仮面になる」
レビドは脱がせたばかりの服を着はじめた。
「えー! でもおまえ……、パッツンパッツンだぞ」
大柄のレビドには、帝妃の服は小さすぎる。レビドが細いのでなんとか入るが、袖などは寸足らずもいいところだ。
「遠目に見ればごまかせるはずだ」
「イヤァ……」
その後の言葉はあえて口にしなかった。レビドは立ち上がると、一度行こうとして、振り向いた。
「俺は貴様が嫌いだ」
「……じゃあ、俺をブン殴りに帰ってこい。返り討ちにしてやる」
レビドは「フン」と鼻で笑い、一目、帝妃を見た。そして空挺用眼鏡をかけ、その後は振り返りもせず、屋上から他の建物の屋根へと身を躍らせた。
翌日の新聞の見出しを飾ったのは、帝国仮面逮捕の文字だった。
また、稀代の反逆者の正体が帝城内部の、しかも後宮という帝妃のお膝元とも言うべき場所の人間だったということが、更に衝撃の度合いを深めた。
帝国は火消しに躍起になり、情報隠蔽にも奔走したそうだが叶わず、帝国仮面逮捕の情報は衆目に晒されることとなった。この隠蔽失敗には、『自由を求める部族連合』が絡んでいたとも言われている。
後宮はいつものような華やかさは影を潜め、水を打ったように静まり返っていた。
レビドは今は幽閉されている。近く処刑されることとなった。公開処刑が検討されているという。
ラロワはあの後、「十六夜の間」まで帝妃を運び、着替えさせた後、寝台に寝かせた。宮殿ではなく「十六夜の間」で寝ていたというのは不自然なことかもしれなかったが、ラロワが忍び込めるのはそこまでだったので仕方がなかった。
結局、帝妃は意識を取り戻さなかった。レビドの服は庭園に穴を堀り、そこに埋めた。そのまま来た道を辿り、城の外へ逃げようとしたが、空が白み始め、人の声が聞こえてきたので断念した。
何が何やらわからない。ラロワはすっかり混乱していた。
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