舐められたものだな

 翌日の昼下がり。この日もラロワは中庭にいた。昨日と同じ長椅子にゆったりと腰掛け、ぼんやりと庭園を眺めている。


 桃色や黄色の花が、緑の葉に映えている。元々首帝市に自生する植物ではない。移植してきたものである。中でも北方のものが多い。手入れも大変だろうが、不慣れな土地でそれでも根を張って生きている樹々に、ラロワは強さと愛おしさを感じた。またそんな木や花は、ラロワに幼い日のことを思い出させた。


 ラロワは冬が嫌いであった。冬が過ぎ、春が訪れると安心する。今年も生き延びることができた。そう思う。故郷の冬は雪が降り積もる厳しい季節でもあった。


 しかし手品団に入って以降、毎年の冬に取り立てて命の危険が迫る事象があるわけではない。年によっては、南方で過ごすこともあった。しかしラロワは、冬を越す度にそう思った。それは今年も変わらなかった。


 そういうこともあって、故郷の花、しかも春の花が咲くこの中庭をラロワは気に入った。この季節に後宮に入れたことにも感謝した。何に対しての感謝かはわからなかったが。多分、冬を過ぎて産んでくれた親かもしれない。


 そして今日も庭園は淑子しゅくしで溢れている。やはり思う、淑子はこの後宮の花のひとつなのだ。見め麗しく着飾り、香しい匂いを撒き散らす。本人たちも、そのように気取っている節もなきにしもあらずだ。


 しかし、とも思う。どいつもこいつも同じような奴ばかりだ。はじめの頃はそんな花のような淑子たちに感心もしたが、既に飽きてきた。飽きると、美しいとはいえ、その均質化された見た目に苛立ちすら覚える。


 ここに来る蒸気車くるまの中で、色んな民族の文化が好きだ、と言ったロヴの言葉を思い出す。確かに、手品団には帝国中の様々な民族が集まっていた。そういう連中を見ていると、確かに色んな考え方や特有の癖のようなものがあって、時には困ることや戸惑うこともあった。


 しかし、こうして思い出してみると、ラロワは「面白かったなぁ」と思った。ロヴやフオ、手品団のみんなは今頃どうしているだろうか。やはりもう会えないのだろうか。急に郷愁感のようなものに捉われた。フオの温もりを思い出し、ロヴとケンカしたいとさえ思った。


「いかーん!」


 急にラロワが声を上げたので、周りの淑子たちが振り返った。さすがにラロワも気まずくなり、下を向いた。


 いかんいかん。俺にはやるべきことがあるのだ。改めて、ラロワは自分を奮い立たせた。


「さて、」


 誰に言うともなくそう言って、決意を新たにしたラロワは立ち上がった。


 いよいよ勝負。


 そう思った。


 そろそろお菓子時である。チミスの部屋に行かなくてはならない。そんな義務はないはずだし、権利に至ってはあろうはずもない。しかし一方的な使命感に駆られて、ラロワは歩き出した。


 中庭にはいつも淑子が多くいる。ラロワと似たように思った者も多かったのだろうか。美しく、よく手入れされた庭園なので無理もない。


 すれ違う淑子の大半は、ラロワよりも背が高い。その淑子たちも背が高かった。すれ違いざま、近づくと香水の臭いが強く漂ってきた。やっぱ、こいつら自体が花みたいだな、とラロワは思った。


 すると、足をかけられた。持ち前の運動能力で転びはしなかったものの、前に大きくつんのめった。つんのめった先にも淑子がいた。よろけたラロワを支える。かに見えて、そのまま投げ飛ばした。


「大丈夫か?」


 石畳の上に倒れたラロワを見下ろし、投げ飛ばした淑子が尋ねた。


「おかげさまでな」


「それは良かった」


 淑子は何事もなかったかのように立ち去った。ラロワが立ち上がろうとした時、靴の裏で頬を蹴られた。別の淑子だった。


「あぁ、ごめん。見えなかった」


 蹴った淑子は、ラロワの返事も待たず、特に悪びれる様子もなく、行ってしまった。


 ラロワが建物に入ると、レビドがいた。待ち構えていた、という風情である。


「なぜ避けなかった?」


 いきなり問われた。


「……避けられませんでした」


「私の目をごまかせるとでも思うたか」


「いえ、決してそんなことは……」


「舐められたものだな」


「宮中での狼藉は御法度、そうご指南くださいましたのは、レビド様ではございませぬか?」


 レビドは小さく溜息をついた。


「……行って良い」


「失礼致します」


 ラロワは一礼すると、そそくさとレビドの横を通り抜けた。良い人だよ、と言ったチミスの顔が思い出された。


「そうかね……?」


 廊下で一人であることを確認した後、ラロワはそう独りごちた。

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