「売れるなバカ、俺の初キス返せ。」

ブロッコリー

第一章

第1話

✨第1話「ザリガニと、再会」





 始まりは、転校生だった。


 教室の空気が明らかに違う。春休み明けの始業式。

 クラスの男子が妙にソワソワし、女子たちはそわそわしてる男子を見てヒソヒソしている。


「なんか、すげー美人らしいぜ」

「モデルかなんかだって」

「いや、芸能人って噂も……!」


 おいおい、転校生のレベル高すぎだろ。ゲームの難易度か。


 俺――一ノ瀬遥は、そういう騒ぎを傍観するのに慣れている。

 中学からずっとそうだった。目立たず、波風立てず、誰とも深く関わらず。

 平穏無事に高校生活を終える。それが俺の目標だ。


 が、担任の「それでは自己紹介をどうぞ」という声とともに、教室のドアが開いた。


「初めまして。今日からこのクラスに入ります、朝比奈すみれです。よろしくお願いします」


 その瞬間、教室の空気が凍った。


 ――いや、正確には男子の脳がフリーズした。


 茶色がかったストレートの髪。大きな瞳。白い肌。

 芸能人とかそんなレベルじゃない。

 てか、芸能人じゃん、この人。


「え……」「マジで……あの朝比奈すみれ?」

「ドラマのヒロインやってた……」


 そう、俺も知ってる。

 夜ドラで視聴率を取った国民的ヒロイン。つい最近まで雑誌の表紙を飾ってた。

 その彼女が、なんでうちの学校に? しかも、うちのクラスに?


 ただ、それよりも――


 「……お久しぶり。はる」


 その声が、俺に向けられていたことのほうが、もっと衝撃だった。



 昼休み。


「え、ええええ!? 一ノ瀬と知り合いなの!?」

「てか呼び方! “はる”って何!?」

「まさか付き合ってたとか……え、元カノ!? 芸能人の!?」

「隠してたなオメー!」


 いやいやいやいや、落ち着けクラスメイトたちよ。

 俺はただの冴えない高校生だ。芸能人と縁なんてあるわけ――


「昔ね、一緒にザリガニ釣りしてたの。ほら、あの川。橋の下の」


 やめろ、思い出を掘り返すな!


 朝比奈すみれ――というより、俺にとっては“すーちゃん”。

 確かに昔は隣に住んでた幼なじみだった。

 でも、小学四年の夏に引っ越して以来、一度も会ってない。


 それがなぜ今、突然ここに?



 放課後。


 なぜか俺の家の前に、彼女がいた。


「ただいまー」


「いやいやいやいや、何してんの!?」


「うち、今日から隣に引っ越してきたの。また隣同士だね、はる」


 ……再会、ってレベルじゃねぇ。

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