『十九路のノクターンⅡ(プロ棋士編)』―ツケ三々は、照れ隠しのあとで―

igonoma。

【プロローグ】──あの盤の、その先へ

全国大会が終わった夜、光志は一人、囲碁部の部室にいた。


祭りのあとのような、余熱だけが残る静かな空間。打ち上げには顔を出したが、早々に抜け出してきた。

誰もいないはずの部室に、見慣れた囲碁盤があった。

その横に、あのAIの端末。


「……久しぶりだな、幻影ちゃん」


電源を入れると、柔らかな電子音と共に、あの馴染み深いウィンドウが立ち上がる。


《おかえりなさい、光志くん。全国大会、お疲れさまでした》

「見てたのか?」

《ええ、ログ解析はバッチリです。個人的には、右辺の粘り、最高でした》


光志は苦笑した。

「でも、結果は……」


《勝ち負けも大事ですが、成長ログとしては優秀でしたよ。ユエさんも、きっとそう言うと思います》


名前を出され、光志はふと目を伏せた。

あの日、別れ際に交わしたキーホルダー。

今も彼のバッグの内ポケットにある。


「……あいつ、元気かな」


幻影ちゃんが、一拍置いて答える。


《林玥さん、最近は中国代表の強化合宿で忙しいようです。ログ収集は制限されていますが、魯凰選手との合同練習では、進化が見られます》

「魯凰……ああ、あの時の」

《ユエさんは、今回の大会の棋譜を見て、喜んでいるんじゃないでしょうか》

「……は? 何言ってんだ。ユエに俺の棋譜が見られるわけないじゃないか」

《それもそうですね。……たぶん、ですけど》


軽く動揺しかけた光志は、碁盤に視線を戻した。


十九路の先にあるのは、白と黒だけではない。

あの時の思いと、まだ続く未来。

もう、ひとつの戦いが始まっていた。


「──さあ、打つか。これからの一手を」

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