第12話 そびえ立つ壁
翌朝、闘技場にはまだ朝靄が残り、淡い陽光が石畳を照らしていた。リックは早くから訓練所に姿を現し、長棍を振るってウォーミングアップに励んでいた。昨日の勝利で得た自信は確かなもので、それが彼の動きにも表れていた。筋肉の動きに無駄がなく、棍の軌道も鋭さを増している。
だが、その日の最初の試合の相手が告げられた瞬間、リックの胸に走ったのは喜びとも緊張ともつかぬ、複雑な感情だった。
「対戦者、メアリー・アルストリア!」
「……メアリーさん?」
思わず声が漏れた。よく知る仲間の名前に、驚きと戸惑いがないまぜになる。だが、観客席から歓声が上がる中、彼の前に現れたのは、いつもとどこか雰囲気の違うメアリーだった。装飾を最小限に抑えた白銀の甲冑に身を包み、腰には細身の剣――鋭く美しいレイピアが輝いている。
「リック、よろしくね。」
メアリーはそう言いながら、きらりと目を細めて微笑んだが、その瞳の奥には、戦士としての厳しい気迫が宿っていた。
「この剣にかけて、手加減はしないわよ。」
その言葉にリックの背筋が伸びた。普段は穏やかで優しい彼女が、今は本物の騎士として目の前に立っている。その事実が、彼の心に火を灯す。
「……僕も、出会った頃より成長したことを証明してみせる!」
開戦の合図とともに、メアリーが風のように滑り出した。レイピアの鋭い突きが、まるで稲妻のようにリックの間合いを切り裂く。細く、速く、無駄のない一撃一撃が正確に繰り出され、リックはその鋭さに圧倒されながら後退した。
(速い……! しかも間合いの取り方が巧みだ。長棍の得意距離でさえ封じられてる……!)
リックは必死に棍を振るい、防戦に徹しながらも打開策を探った。
(近づかれすぎると不利。だったら……こちらがリズムを変えて、距離を奪い返すしかない)
彼は長棍を中央で握り、あえてリーチを縮めた構えに切り替えた。棍棒のように回転させて振り回し、間断なく動かすことで、隙を作らせないようにした。さらに、足技や体重移動を活かしたフェイントも混ぜていく。
「あら……!?」
メアリーの眉がわずかに上がる。リックの変則的な攻撃に、彼女が一瞬反応を遅らせた。
「リック、本当に成長したのね。」
そう言いながらも、彼女は攻撃の手を緩めなかった。リックの工夫を認めた上で、さらに高みからの剣技で応じてくる。リックもまた、彼女の足運びや剣の軌道を観察し、反撃の糸口を探り続けた。
(このままでは膠着状態が続くだけだ。もっと踏み込まないと、勝機はない!)
リックは一瞬のチャンスを見逃さなかった。メアリーがフェイントを仕掛けて前に出たその瞬間、リックはあえて懐に飛び込んだ。長棍を体に沿わせるように構え、回転しながら彼女の側面へ回り込むと、腰を捻って渾身の打撃を放った。
「くっ……!」
メアリーの肩口に直撃した一撃に、彼女は体勢を崩す。そこに追撃の一撃。長棍の端が地面をかすめて風を切り、彼女の足元を打ち抜いた。メアリーの姿がふわりと宙に浮き、静かに石畳へと倒れ込んだ。
「や、やった……!」
リックは息を荒げながら、確かな手応えを感じていた。周囲の歓声が、一拍遅れて爆発する。
地面に倒れたままのメアリーが、ゆっくりと笑みを浮かべながら顔を上げた。
「リック……見事よ。あなたは本当に、戦士としての階段を登っているわね。」
リックは迷わず手を差し出し、彼女を助け起こした。しっかりと握られたその手に、メアリーの誇りと信頼が込められている気がした。
「ありがとうございます、メアリーさん。この戦いで、僕はまた一つ、自分を越えられた気がします。」
観客席からは歓声が鳴り止まず、拍手と称賛の声がリックに降り注ぐ。その中には、ひときわ大きな声も混ざっていた。
「やるじゃねぇか、リック! まさかメアリーを倒すとはな!」
ラグナだった。彼女は腕を組みながらも、どこか嬉しそうにリックを見つめていた。
こうしてリックは、異世界に来てから二度目の勝利を掴んだ。だが、それ以上に大きかったのは、仲間との真剣勝負を通して得た絆と、さらなる成長への確信だった。
彼の冒険は、まだまだ続いていく。けれどこの一戦は、きっと記憶に残る大きな節目になるだろう――仲間を相手にしてでも、真正面から挑み、勝ち切ることができたという事実が、彼の胸に確かな誇りとして残っていた。
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