G08「ガイドがいる」R09

あ、まよちゃんが映った!


ベスト8からの試合はストリーミングされる。

どうやら不正を防ぐ意味もあるらしく、試合中はマイクもオンにしないとならない。


『ふつーに、褐色美少女じゃん!』


チャット欄にコメントが流れる。

まよちゃんは、ピースサインをした指先をくるくる回して、おどけたように体を揺らした。


『ガチ、かわえー』


『ジオゲもできるの、チートでしょ。』


対戦相手はトーナメント表の一番下のブロックにいた"Swifter"さん。

名前とアバターに見覚えがある。

顔を見るのはもちろん初めてで、大学生ぐらいの男の人だった。


「この"Swifter"さんって、けっこう強かったはず。ゲス速いよ、気を付けて!」


「速さなら負けないっすよ!」


カウントダウンが始まった。


ちとちゃん、頑張って! 両手をぎゅっと組み、机の下で祈る。


第1ゲーム・"Move"、第1ラウンドはモンゴル。

カメラカーの荷台に大きな荷物が見えるから、間違いない。

草原の向こうに低い山が見える。


まよちゃんは顎に指を当てて画面を覗き込む。


「なんもないにゃー。」


まよちゃんにしては珍しい独り言だった。


ヘッジ気味にウランバートルの北に置いたのは、相手も同じ。

少しだけまよちゃんの方が遠くて、うっすらとダメージをもらう。


第2ラウンドは、コロンビアクロスがすぐに見つかり、差が付かない。


第3ラウンドは、北米はすぐに確定。

ところが移動しても、"SPEED LIMIT"も"MAXIMUM"も出てこない。

湖があって、針葉樹が立ち並ぶ。

"Swifter"さんが"Guess"ボタンを押して、15秒制限が始まる。


「オンタリオ?」


正解はメイン州だった。

まよちゃんに400ダメージ。

良かった、そんなに大きく外してない。


そのまま一進一退の攻防が続く。

マウスのクリック音が部室に響く。

まよちゃんの肩が前のめりになり、画面の光が瞳に反射する。


第7ラウンドが明暗を分けた。

チリは間違いなさそうに見える。

植生が濃く、私ならサンティアゴより南を選ぶ風景。

まよちゃんも同じ考えだった。


「南かにゃー?」


ところが、正解は中部。

"Swifter"さんは100キロ程度まで寄せていて、これで第1ゲームは決まってしまった。


まよちゃんは、両手の人差し指で、机をトントンと何度か叩いた。


続く第2ゲーム・"No Move"は第3ラウンドまで差が付かない。

どのラウンドでも"Swifter"さんの方が、"Guess"ボタンを押すのが速い。


第4ラウンド、東南アジアの植生だけど、国のメタが無い。


まよちゃんは少し首をかしげて、ベトナム中部にヘッジ。


ところが"Swifter"さんはインドネシアのスラウェシに置いた。


ここで800ダメージをもらうのは、ちょっとキツいかも。


今のは正直なところ、厳しいと思う。

どうしてスラウェシだったのか、私も全く分からなかった。


第5、6ラウンドは、連続でインド。

どちらもそれほど寄ってないけど、じわりと差が開き、まよちゃんのヘルスは残りが2500。


大きな国が出れば、逆転のチャンスがある、と祈る。


第7ラウンド、まよちゃんはボラードを見落とした。

一瞬、とても小さく黄色い棒が映った。

建物が少しでも映っていれば、まよちゃんなら外さないはずだった。


「ノルウェーっすかね?」


無情にも、正解はアイスランドだった。


"Bye Bye"した後、カメラをオフにして、まよちゃんが大きく息を吐いた。


まよちゃんは笑おうとしたけれど、頬がぴくぴくしてうまく形にならない。

両手で顔を覆って「負けたっすー」と声を震わせたあと、指の隙間から涙がぽとぽと机に落ちた。


その仕草が子どもみたいで、余計に胸がぎゅっとなった。


「まよちゃん、悔しい時は悔しいって言って。千登世も今のは悔しかったよ。」


まよちゃんの顔がくしゃっと歪んで、私に抱きついてきた。


「悔しいっす、ちとちゃーん!」


まよちゃんの頭をなでなでする。


愛乃先輩が心配そうな顔でまよちゃんを見ながら言う。


「さすがに疲れてきたかしらね〜、いつもの真宵ちゃんじゃないみたい〜」


「制限かかると、ちょっと緊張するっすね。パッと出てこないっすよ。」


「チャットにも『今のは厳しかった』って流れてきたわよ。」


そう言った梨沙子先生は、私の肩を軽く叩きながら笑顔で言った。


「ほら、次は千登世ちゃんでしょ。カタキを取ってあげないと。」


そうだった、次は私の試合だ。

対戦相手は"Tawashi"さん。

声は男の人だけど、顔を出すのがイヤなのか特撮ヒーローのお面を被ってた。


顔を隠しても良いなんて、聞いてないですけど!


ともかく、名前に見覚えはないけど、ここまで残ってるなら弱くはないはず。


席についてカメラをオンにする。


「ほら〜、千登世ちゃん、カメラに向かって笑顔よ〜」


「む、無理言わないでください。そんな余裕ないです!」


「あら、『また美少女出てきた』ってコメント流れてるわよ?」


え、えーと、何か慣れてる動作、あ。


「いらっしゃいませ。ようこそ、アリア・エトワールへ!」


まよちゃんちのバイトで覚えたセリフと笑顔が、サラッと出てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る