G01「草が長い」R01
入学初日って、まず"ガマン"から始まるものだ。
長い祝辞は、立っている足がじんわり痺れてくるほど。
式が終わり、私たちは担任に連れられて講堂を出る。
校舎の配置もよく分からないまま教室に戻る。
知り合いは、クラスにはいなかった。
県内でも有数の進学校で、中学からの顔なじみは学年に数えるほど。
教室のあちこちで「どこ中?」なんて声が飛び交う。
机の端を指でなぞり、膝の上で手を組む。視線はまだ、落としたまま。
「今日からよろしくっす!」
背後から弾む声が飛んできた瞬間、肩がびくっと跳ねた。
振り返ると、毛先がはねた明るい茶髪、日に焼けた肌、大きな瞳。
白いパーカーのフードが制服の襟元からのぞいている。
その子は、にこにこ笑顔で小さな手を差し出した。
「瀬戸
突然の近さに戸惑い、椅子を引いて立ち上がる。
「あ……佐倉
声がかすれて、自分でも驚いた。
周囲からの視線が気になって、頬が熱くなるのがわかる。
彼女は私をじっと見て、ポケットからスマホを取り出した。
揺れるカラフルなストラップが光を反射する。
私も慌ててスマホを取り出し、名前を交換する。
「あ、席が前後なのは五十音順だからかな?」
口に出したら、彼女はパッと笑った。
「そうみたいっすよ。」
その笑顔につられて、背中のこわばりが少しだけほどけた。
きっと私が人見知りだと察して、この子はすぐにスマホを出してくれたんだ。
初めて会う人に気軽に声をかけられるなんて、すごくうらやましい。
「座ろ?」
彼女は椅子に腰を掛け、足をぶらぶらさせている。
「あ、私も……」と声を出す頃には、私の声色もさっきより軽くなっていた。
「千登世ちゃん、部活決めた?」
もうちゃん付け⁉ でも、不思議とイヤじゃない。
「えっと、中学までは剣道をやってたけど、高校では別のことをやりたいなって。」
「剣道⁉ ガチでカッコよ! めっちゃ似合いそ〜」
私は思わず瞬きをひとつ。肩の力が抜け、口元がゆるむ。
彼女の手首の返しが、ちゃんと剣道の動きになっているのが妙に可笑しい。
あ、もうちょっと脇を締めると、それっぽくなるよ。
「ありがと。でもそんなことないよ。」
机の下でつま先を軽く動かしながら答える自分に気づく。
真宵ちゃんは私の顔をじっと見て、ふっと笑った。
光が差し込むような笑い方が、一瞬で気持ちを明るくしてくれる。
「絶対似合うっすよ!」
小さな両こぶしを胸の前で振る仕草が、マスコットみたいで可愛い。
自然と口元が緩む。
「真宵ちゃんは何してたの?」
「当てられる?」
そう言ってパーカーの襟を広げ、白い水着跡をちらっと見せた。
「み、見えちゃうよ。」
「千登世ちゃんだけっす!」
「……水泳?」
「千登世ちゃん、天才っす!」
2人で声を上げて笑う。笑ったとき、指先がほんの少し机の縁から離れていた。
その時、教室のドアが開いて担任が入ってきた。
「はーい、席についてね。ロングホームルーム始めるわよ〜」
前を向こうとする私に、真宵ちゃんが口パクで「あとでね」。
うなずくと、彼女はニッと笑う。
視線が止まった。
教室の光がやわらぐ。強ばっていた心が少しだけほどける。
花びらが一枚、机の上で止まった。
――この瞬間を、あとで何度も思い出すことになる。
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