彼女は、こくりと頷くだけ

志乃原七海

第1話「彼女、ほしい……」

第一話:降霊マッチング【コクリ】


「彼女、ほしい……」


安アパートの六畳一間で、俺、佐伯ユウタは天井に向かって呻いた。ポテチの袋を脇に押しやり、スマホの光だけが顔を照らす。画面には、キラキラした男女のツーショットがこれでもかと表示されている。友人たちのSNSだ。


『記念日に高級ディナー!いつもありがとう!』

『最高の彼女と海!夏、始まったわー!』


うるせえ。知るか。心の中で毒づきながら、いいねボタンを機械的に押していく。俺だって欲しい。そりゃあもう、喉から手が出るほど。ただの彼女じゃない。俺の言うことなら何でも「うん、そうだね」って優しく頷いてくれて、俺がゲームしてても文句ひとつ言わず、背中をポンと押してくれる……そんな、最高に都合のいい、天使みたいな彼女が!


「あるわけ、ねえか……」


現実のマッチングアプリは戦場だ。年収だの、学歴だの、コミュ力だの。スペックの殴り合い。疲れた。もう無理だ。


諦めかけたその時、アプリストアの隅っこに、怪しげなアイコンを見つけた。黒い背景に、白い鳥居が描かれている。アプリ名は――『降霊マッチング【コクリ】』。


「は? なんだこれ、オカルト系?」


好奇心に負けてタップすると、やけにシンプルな説明文が現れた。


『あなたにぴったりのパートナーを“呼び出し”ます』


……呼び出す?

レビューは賛否両論、というか阿鼻叫喚だ。


『マジで出た!エンゼルちゃん超優しい!』

『デーモンくん、ドSだけど刺激的で最高!』

『やめとけ。死神はガチ。元カノが“血まみれの彼氏が現れた”って泣きながら電話かけてきて、それ以来連絡取れない』


「うわ、死神さんヤベェやつじゃん……」


思わず声が出た。血まみれの彼氏ってなんだよ。ホラー映画か。だが、そのヤバそうな噂に反して、アプリのトップにはこんな告知がデカデカと表示されていた。


【緊急告知!ただいま利用者が激減中につき、マッチング率大幅アップのビッグチャンス!】


利用者が減った原因、どう考えても血まみれの彼氏だろ。

だが、チャンスはチャンスだ。競争相手がいないってことだからな。


俺はプラン一覧をスクロールした。

『スタンダードプラン:コックリさん』

『エンジェルプラン:エンゼルさん』

『デビルプラン:デーモンくん』

『???プラン:死神さん』


死神は論外。エンゼルさんやデーモンくんは、なんだかキャラが濃そうだ。俺が欲しいのは、従順で、物静かな彼女。だったら……一番スタンダードで、たぶん人気もなくて、利用者がさらに少ないであろうコックリさんが狙い目じゃないか?


「よし、決めた!」


俺は『スタンダードプラン:コックリさん』を選択し、利用規約(ほぼ白紙だった)に同意した。


画面が切り替わり、一枚の古びた紙の画像が表示される。鳥居のマークと、「はい」「いいえ」、五十音。スマホの画面に指を置け、と指示が出る。


「コックリさん、コックリさん……俺に、最高の彼女をください」


柄にもなく神妙な声で唱えた、その瞬間だった。


バツンッ!


部屋の電気が消えた。窓の外で、どす黒い雲が渦を巻き、空が瞬く間に夜のように暗転する。


ゴロゴロゴロ……!!


腹の底に響くような雷鳴が轟いた。


「は? マジかよ、神龍でも出てくんのか?」


あまりの演出過剰っぷりに、ついツッコミを入れてしまう。停電か? いや、スマホの光はついている。


次の瞬間、全ての音が消えた。雷も、外の喧騒も、自分の心臓の音さえも聞こえなくなるような、完全な静寂。


そして、ふわり、と。

俺の目の前に、まるで陽炎のように、ひとりの少女が立っていた。


「うわ……」


息を呑む。

艶やかな黒髪は床に届きそうなほど長く、血の気の失せた白い肌を縁取っている。服装は、シンプルな純白のワンピース。人形のように整った顔立ちは、この世のものとは思えないほど美しい。


「……かわいい」


思わず、心の声が漏れた。ど真ん中、ストライクだ。

だが、彼女はただ美しいだけではなかった。

大きな瞳には何の感情も映っておらず、ガラス玉のように虚ろだ。表情は能面のように固まったまま、ピクリとも動かない。ミステリアス、と言えば聞こえはいいが、もっと直接的に言うなら――薄気味悪い。生気が、感じられない。


それでも、俺の欲望は恐怖に勝った。

そうだ、俺は願ったんだ。従順で、物静かな彼女を。これ以上ないくらい、理想的じゃないか。


俺はゴクリと唾を飲み込み、震える声で尋ねた。


「あの……あなたが、コックリさん……ですか?」


少女は、何も答えない。

ただ、その美しい顔を、ゆっくりと。


こくり。


と、小さく頷いただけだった。

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