【BL】忘却のエルーシャ
鹿音二号
1:なにせ、魔王ニルは、エルーシャにとてもとても複雑な想いを抱いているので
世界の最果ての地に、その城はあった。
その城にたどり着くまでには不毛の土地を1週間歩き、全てを飲み込む濁流の大河を越え、おそろしい魔物のはびこる森を突き進んで、ようやく目にすることができる。
だが、たどり着いても中に入ることができるかどうか。
屈強で醜悪な門番が不眠不休で入り口を守り、招かれざる客を見つけたら生死問わず送り返す使用人たちが徘徊するこの城のあるじはーー魔王。
魔王城だった。
正式名称は忘れ去られて久しい。
当然、この城を含む周囲の不毛の土地は魔王が統べる魔族と魔物の国だ。
だが、城の周囲がどんなに過酷であろうと、実は、城の中はとんでもなく平和だった。
人間たちが見ても、おそらく楽園だと言う。
庭に花が咲き乱れ、あたたかく緩やかな風が時折通る。蝶や鳥が花から蜜を吸い、池から水を飲む。
噴水は、中央の像から流れ出ているが、驚いたことに創造神……人間の信仰する女神を象っている。
広い庭園だった。自然のままの、美しい。
けれども、今しがた、それは半分ほど吹き飛んだ。
爆発だった。
土はえぐれ、花は強風にあおられ花弁が散って倒れた。木々は折れ砕け、小川は泥でせき止められ氾濫した。
半分無事だっただけに、その差があまりにも無情だった。
その半壊した庭に、ぽつんとひとり、男が立っていた。
人間に、見える。
20代半ばくらいだろうか。美しい造作で、元の庭に遊べばたいそう絵になっただろう。金髪碧眼、肌は抜けるように白い。服装は、シャツに黒いズボンといった、似つかわしくないほどラフなものだったが。元から穏やかそうな風貌だったが、目を丸くしてめちゃくちゃになった庭を見ているさまはいっそ幼いくらいだった。
「……あれ?」
心底不思議そうだ。何が起こったのか、分からないと言いたげに。
ふと、その彼の横に、黒い靄があらわれた。それはだんだんと濃く、大きくなり、その中から、人が出てきた。
黒い。すべてが真っ黒の男だった。髪も服も光を吸い込みそうなほどに漆黒。そのあり得ない闇のような装いよりも、さらに特徴的なのは、頭の左右に生えた大きな角。黒いそれはねじれながら上を向いている。
唯一、色があるのはかんばせ。白い、白すぎる頬と血のような紅い瞳。切れ長のまぶたは今はさらにつり上がっている。
傍らの金髪碧眼を睨みつけ、一言、
「またやったな、エルーシャ」
「えっと、ごめん?」
エルーシャと呼ばれた男が、困惑したように漆黒の男を見上げた。彼も上背があるが、漆黒のほうがわずかに身長が高い。
謝ってから、はっと壊れた庭を振り返る。
「あっ!ベーガが!」
「……奴は無事だ」
はあ、とため息をつきながら黒い男は手を大きく振り上げた。すると、どこからともなく、どどど、と地響きに似た音がかすかに聞こえてきた。
ぬっと、庭の向こうから現れたのは、大きな黒い犬。犬……だろう、牙を剥き、青い炎を吐きながらこちらに一足飛びにやってくる様は、さながら地獄の番犬。
「ベーガ!」
それを嬉しそうに見て、さらに自分の背丈はある犬の体高をものともせず、エルーシャはその鼻面を撫でた。
ベーガはおとなしく、炎を吐かずにエルーシャに撫でられている。
「で、ベーガを緊急回避で『潜らせる』ほど、何をしたのだ貴様は」
ベーガが危機を感じ、一度魔法で別の次元空間に逃げ込むほどのことを、どうやらエルーシャはしでかしたらしいと、漆黒の男は予想した。
なんだかんだ、数日に一回は似たようなことをするので。
エルーシャはバツが悪そうに、下を向く。
「えっと……ベーガと追いかけっこをしてたら……」
「してたら?」
「……わざとじゃないんだ……」
ふっと薄く笑い、壊れた庭を見たエルーシャ。
魔力という力がある。
世界のエネルギーの一つだが、人間や動植物、魔物も持っている力だ。
エルーシャは、人間にしてはかなりの魔力の持ち主だ。
そして、コントロールが下手である。
そう、いつも何かのはずみでエルーシャの魔力は暴走する。そして、何か壊れる。
被害は、城の尖塔だったり、城壁だったり、このように庭だったり。
「まったく」
毒づきながら、漆黒の男は軽く手を振る。すると、庭のあちこちに光る円形の文様が現れた。
魔方陣……魔力を行使する際に、その効果を記した命令式。それによって発現する現象を魔法と呼ぶ。
その魔方陣が庭のあちらこちらに現れては、崩れて壊れた場所がもとに戻る。
花が再び咲き誇り、小川が清らかな水を流し、木々は真っ直ぐに天に伸びる。
「いつ見てもすごいな」
ほう、とため息をついてもとに戻った庭を眺めるエルーシャに、漆黒は眉根を寄せた。
「我の魔力も無尽蔵ではないぞ」
「ごめんなさい魔王様!もっと……がんばるから!」
にこっと無邪気に笑うエルーシャに、漆黒の男は言葉に詰まったように口元を引き結ぶ。
「……気をつけろ」
「はい!」
ベーガがふんす、と鼻息を荒くしたのは、きっと魔王(主人)の気持ちを思ってだろう。
なにせ、魔王ニルは、エルーシャにとてもとても複雑な想いを抱いているので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます