第6話 長い長い電話 この人のために
四度目の電話は、お盆休み明け。
少し個人的な話をした。
「明日から修学旅行に行くから、一週間家にはいない」
「どこへ行くの?」
「北海道。行きも帰りも寝台列車やし、時間がめちゃくちゃかかる」
「何時間ぐらい?」
「乗ったら一晩は電車の中やなぁ」
この時代は寝台列車で、長距離の列車がたくさん走っていた。
飛行機はまだ高校生には運賃も高い。
この十年ぐらい後の修学旅行も、まだ寝台列車。
「北海道良いなぁ。行ってみたいなぁ」
なら「いつか一緒に行ってみる?」とは進まない。
「僕も楽しみ。涼しいのは嬉しいなぁ」
「そんなに涼しいの?」
「長袖持参。夜は寒いみたいやから。修学旅行に必要なものも、買い物に行った」
「何を買ったん?」
「旅行用の洗面道具とか下着とか。友達とも買い物に行った」
初めて友達の話が出た。
「もしかしたら一匹狼的な感じなのか?」と思ったけど。
恋愛慣れしてたり、強気な子なら言えたかもしれない、
「お土産待ってるからね〜」とも言えず。
彼女じゃない。
厚かましいセリフは浮かばず。
「気をつけて、行って来てね」
相手が間を詰めて来ないことも、大きかった。
私は死にたいぐらい、自分はいないほうが良いと考えてた時期。
自分に自信もなく、自己肯定感も地を這うように低かった。
地底の下のマグマで、ドロドロになってた。
その日はしばらく電話出来ないことと、お母さんが帰って来なかったせいか、気付けば外は真っ赤な夕焼け空に。
いつもは彼から「もう切らないと」と聞くまでは、切らなかった。
「まずい!ご飯炊かないと母親に何してたか、聞かれる」となり、初めて自分から
「ごめんね〜。もう切らないと。お米洗わないとあかんし」と。
夕焼け空に気付かないほど、話に熱中してたのは驚き。
二時ごろから話してたから、四時間半ぐらいは話をした。
電話はレトロな黒電話。
受話器はかなり重い。
事務所から寝室に切り替え。
寝室の電話は床にあって、畳に寝そべりながら電話が出来る。
疲れたら畳に受話器を置いて、支えたら持たなくても話せる。
キャミソールに短い短パン。
ダラっと寝そべって。
彼には絶対見せたくない姿で電話。
そしてこの電話の時間の長さは、人生で一番長い。
忌野清志郎の曲、『二時間三十五分』
RCサクセションの初期の曲。七十二年。清志郎のメイクもボウイの影響。
彼は曲を知ってたかもしれない。
邦楽の話は出てないけど。
歌詞は清志郎の作で、彼女と電話した長さの新記録が出来た、嬉しい気持ちの内容で。長さが二時間三十五分。
私が曲を聞いたのは何年も後。
二時間三十五分がタイトルになるなら、私たちの電話は二回目以降は毎回、曲の記録を更新。
この日はほぼ倍の時間、話し続けて。
意味のない会話もなく。
曲を聴いて「男子は二時間三十五分で、喜ぶの?」って。
曲は夜でこっちは昼間で、彼女じゃないけど。
夏休みは半分以上終わった。
彼が戻って来たら、夏休みは残り一週間。
二人にとって、この長電話は意味があったのか?
少なくとも私には意味があった。
いつもは死にたくなる、昼間から夕方。
彼と話してると、全く一瞬たりとも嫌な現実を考えたり、思い出すことはなかった。
思い返すと朝の通学も同じ。
二人だと楽しくいられた。
前の彼氏や友達といる時には、時々頭に浮かんだ「ここから飛び降りたら死ねる?」的なことを考えなかったのは確か。
差押えの赤紙だらけの部屋にいても、それが目に入らず。
ひたすら楽しい時間。
気が合うって感覚は、これ?も理解出来た。
以降彼より気が合うと感じた人には、出会っていない。男女ともに。
同じ感覚の何かがあった。
お互いの家は歩いて10分。
友達と買い物に繁華街に出た。
駅までは来ていた。
ウチはホームの端からだと、二階の窓から手を振れば見えるぐらい駅には近い。
会えないのは寂しかった。
真正面から顔は見えないけど、一緒にいて楽しそうにしているのはわかった。
私も笑っていた。
高校生女子は気になる人には、普通は会いたい。
いきなり家に来て、チャイムを鳴らすのはハードルが高いだろう。
が、電話番号は知ってる。
私が電話に出ないこともなく。
彼は「ちょっと駅まで来てくれる?」と一本電話をくれたら歩いて一分、走れば三十秒の距離だから、駅まですぐに行ける。
なんなら「家の前まで行くから、出て来てくれる?」だの、「窓から顔を出してくれる?」って、ロミオとジュリエットみたいなことも出来る。
元彼とは夏休みに付き合い始めて、八月には二回以上は、繁華街でデートした。
元彼は当時中三の男子校。
この人はもう高二。
電話番号が聞けるなら、「どこかへ行く?」「近所でも散歩する?」ぐらいは言えそうだけど。
相変わらず「付き合って」とも言わないし、省略して「僕ら付き合ってるよな?」と確認もしない。
彼女でも無い女子と、四時間半以上電話するって何?
女子の気持ちだとそう。
彼の頭の中も気持ちも、さっぱりわからないから、考えるのは一旦やめた。
でもハッキリしたことはある。
彼を好きも、ひとまず横に置いておいて。
関係なく考えたことがある。
「この人は自分にとっては大切な人」だと言うこと。それだけはわかった。
この時期は、友達とも心の距離が離れていた。
私が死んだら彼女らは驚くだろう。
何故話を聞けなかったか?とか、考えたり感じることは、推測出来る。
けれど月日が経てば多分薄れて、忘れなくてもそこまで残らないかなぁ…って感じた。
私を気遣えなくて、彼女らは後悔はしそうだけど、六人いるから皆んなで慰め合って多分乗り越える。
超勝手な考え方で、彼女らもショックを受けて、悩むかもしれない。
高校に入って親友ともなかなか話す機会が無く、やっぱり気持ちや心の距離が、一番離れていた時期で寂しかった。
皆んなの事情があって、そうなっているのもよく理解してたけど。
そんな時期に偶然話かけてくれて、唯一私の近くにいてくれた、存在したのは彼だけで。
独りぼっちの私の、寂しさや苦しさや辛さは話せなくても、いたのはこの人だけ。
毎朝「おはよう。眠い?」とか
「大丈夫?」って気遣ってくれたのも、彼だけ。
妹たちは同じ境遇だけど、私が面倒をみる存在。
母は監視しないと、馬鹿なことを考えかねない人になり、私を気遣ってくれる人は他にはほぼいない。
おばあちゃんは、気にかけてはくれてたけど。
彼は話の面白さで、私に嫌なことを考えさせないだけでなく
「今?明日?私が死んだら彼はどう思うか?」と考えさせた。
四時間半も気付かずに、長電話してた女子が翌日自殺したと聞いたら、彼の驚きは半端じゃないと。
昨日の電話で自分の話に笑い転げていた女の子が、翌日理由はわからないけど亡くなる。
家は近所。噂か新聞記事になり、彼も知る可能性は高い。
あの子があの電話で笑ってたのは、
「嘘だったのか?」と彼を人間不信にもさせそうで。
これはかなりキツいだろうと。
四時間半の電話で、ずっと笑ってたハズなのに何故?って。
私の友達も彼は知らない。
私が死んだ理由を、友達に聞くことも出来ない。
多分彼は一人で悩むしか無い。
唯一聞けるとしたらウチの母?
高校男子が知らないおばさんに、亡くなった原因を聞くのは、難易度が高い。
私を電車で見かけないから、不審に思って家を訪ねるか、電話をするはしそう。
トラウマなんて言葉は知らなかったけど、彼の心が絶対に傷付くことはわかった。
私のせいで優しく繊細そうな、あの人を傷つけたくは無いと。
あの当時の電電公社の電話の線は、私にとってはカンダタが握ってた
「蜘蛛の糸」で、私を繋ぎ止めてくれていた、細い糸だった。
後ろから登ってくる人がいた?
彼が私をどう思ってるかは、不明だけど、彼がお釈迦様の代わりに、糸の先を握ってくれていた。
その時に
「この人のために、私は死んではいけない」と感じた。
わかった。
彼が早くに握った糸を離していたら、私はどうしてたかはわからない。
その日はもう暗かったから、窓に座っても大丈夫。
翌日からは窓際に座るのも、徐々に減らして、『ホテル・カリフォルニア』ばかりを聴くのをやめた。
彼らに罪は無いけど、退廃的。
代わりにラジオCMでもやたら流れてた、サザンオールスターズの、『勝手にシンドバッド』を大音量でかけた。
リリースが六月末。
CM内容も画期的。
普通はサビを三十秒ぐらい流す。
この曲はサビはどこ?
「今何時?」あたり?
が、サビではなくイントロとアウトロにある「ラララララララララ〜」しか流れなくて、最後にナレーションで、「サザンオールスターズ、勝手にシンドバッド」だけ。
修飾するキャッチコピーもなく。
だいたいタイトルは「何それ?」で。
前の年のヒット曲、沢田研二の『勝手にしやがれ』と、ピンクレディの『渚のシンドバッド』。
この二つの曲の、タイトルを合体させたって聞いて、「この人ちょっとどうかしてる!」って思った。
チョイスが絶妙。
堂々とパクる?
そんな話はそれまでにはなかった。
合体が凄い組み合わせ。
2曲とも好きだった。
気になるタイトルはまさかの合体。
聴いてみたら、歌詞のどこにも「シンドバッド」も「勝手に」も出てこず。
おまけに歌詞は、日本語の文章としては繋がりの無い言葉が、脈絡なくドンドン出てくる。
が、繋がらないから、何だかヤケクソ感がある。
曲のメロディーとサウンドも気に入った。
大音量で流しながら、大声で喚き、歌いながら、周りを気にせず。
おかしくなった人みたいに、めちゃくちゃに踊ってみたりした。
腕を振り回し腰を回し、ジャンプしながら歌う。
息が切れても構わずに、何回もリピート。1時間以上。
音は、声は漏れた。
2階からドンドン音もするから、妹らは、「お姉ちゃん、おかしくなった?」と思ってたかも。
私が本気で死にたい気持ちから、引き戻してくれたのは彼。
サザンのめちゃくちゃな、ヤケクソな感じの歌詞の、『勝手にシンドバッド』が、振り切らせてくれたのか。
良い歌詞、心に響く歌詞は必ずしも素敵な物語ではないかも。
ヤケクソな気分の時には、無茶苦茶な歌詞がハマることもある。
曲はサウンドも明るさ満天では、無いけど暗くは無い。
踊って身体を動かすと、色々なモヤモヤも、少し吹き飛ばしてくれた。
歌詞を含めて名曲。
桑田佳祐さんには、勝手にずっとひっそりと感謝はしていた。
ご本人も死にたかった人が、この曲で吹っ切れたとは想像してないか?
が、同じようにヤケクソ感に救われた誰かは、他にいるのかも。
その人には、当時は自覚はなかったけど助けてくれて感謝した。
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