そのまま転生させられた俺のチート人生

夏菜しの

俺、転生します

 俺は親元を離れ、少々栄えた感じの二県隣の大学へ進学した。

 当初は不安であったが大学二年生ともなれば生活には慣れたし、単位の取り方だってコツを掴んで気の緩みが出てくる時期だったと思う。

 隣県ならば進路がかぶる者も居ただろうが、二県となると知り合いは居ない。

 高校時代までは重度のゲームとアニメファンだった俺は、大学デビューを夢見てそういった事と無縁なサークルに入っていた。

 その辺の趣味は自分だけの時に楽しめば良いのだから……

 俺が入ったサークルはいかにもな、つまり春先はテニス、夏はボディボード、冬はスキーサークルに活動内容が変わる奴だ。


 入った当初はそれはもう期待したさ。

 これで俺にもついに彼女ができちゃうんじゃね? むしろ一人じゃなくて何人も惚れられちゃったらどうしようかとか!


 昨年、期待を夢抱いて入学した俺に言ってやりたい。

 妄想乙! と。



 まぁそんなわけで、彼女が出来ることもなく二年に上がった俺は、春先恒例の行事である新歓コンパに出席していた。普段は恋人やら仲の良いグループで主に活動しているサークルメンバーが一同に会する久しぶりの機会だった。


 飲み会の席の端の方に座り、挨拶を終えた新人らがすぐに皆の輪に溶け込むのを見て、俺ってマジで場違いだな……と自分で思って凹んだ。

「「はぁ……」」

 思わずついたため息が重なり、「えっ?」と、ため息が聞こえた隣のテーブルに視線を向ける。そこには大きな丸眼鏡が特徴の少々地味な感じの女の子。彼女の瞳は、俺と同様にこちらを向いて驚きに見開かれていた。


「えっと……」

 しばし見つめあって沈黙する。

「あははっ、先輩もこういう席が苦手なんですね」

 ため息一つで、俺を理解したつもりなのか、すぐに彼女は再起動してなにやら一気に捲くし立てて来る。

 矢継ぎ早に言葉をつむぎ始め、それは決して会話なんかではなく……、ただ誰かに何かを吐き出しただけのこと。

 ひとしきり、はき終えた彼女は満足したのか、再び「ふぅ」と深い息を吐いた。

「ごめんなさい、一方的に」

 そこで彼女は言葉を切って妖艶に微笑むと、俺の耳元で『良かったら二人だけの二次会、行きませんか?』と言ったのだった。

 再起動しかけた俺は、再びフリーズしていた。




 二人でこっそりと宴会場を抜け、ぷらぷらと明かりに照らされた道を歩いていた。後で幹事の先輩にメールを入れておけばきっと大丈夫だろう。


 飲み屋街の二本向こう側は、今までの俺には縁のないラブホテル街だ。しかし今、俺と彼女はそちらの方へと向かって歩いていた。


 これからのことに緊張している俺は、気の利いた事はぜんぜん言えず、彼女の言葉に「あぁ」だの「うん」だのと曖昧にうなづくのが精一杯。

 いっぱいいっぱいな気分で歩いていたからだろうか、赤信号の交差点に入りそうになり慌てた彼女が制止することがあった。


 しかし誰かに背中が押されて、

 キキィィー!!!

 ドンッ!


 目の前が真っ暗になった。







 目が覚めると、周りは真っ暗だった。闇と言うほどには暗くは無いが、まだ暗さに慣れていない目は辺りを見渡す事は出来なかった。

 その闇の中、それでも誰かの気配を感じることが出来た。たぶん彼女だろう。


 ぼぅとした感覚がなくなると、徐々に記憶が戻ってくる。確か車に轢かれたはずだったが、体に痛みは無い様だな?

 少しばかり体を捻ってみるが、どこにも不調を感じる箇所はない。


「やっと起きましたね」

 気配のあった人物から声が掛かった。

 どうやら聞こえてきた声は、女ではあるが彼女の声ではないようだ。


 理解が追いつかないまま、何とか話しかけてきた彼女の顔を見ようと目を凝らす。

 駄目だ、まだ目が慣れてなくて見えない。


 女は俺からの答えは望んでいなかったのか、言葉を続けた。

ミナトさん、実は貴方は死んでしまいました」

「は?」


 不穏な事を言った女が、かなり小声で「もう少し早く目が覚めてくれれば良かったんですけど……」と呟いていたのが聞こえてきた。どうやら暗闇の中なので普段より聴力が研ぎ済まされていて聞こえてしまったようだ。

「早くってどういうことだよ?」


「あら、聞こえちゃいました?」

 そして「仕舞ったな……」とまた呟きが聞こえる。


「実はですね、わたしは死神なのですよ」

 それと同時にえっへんと胸を張ったような仕草が見えた。

 どうやら暗闇に目が慣れてきたようで、薄っすらと彼女の姿、形が分かるようになって来たらしい。

 色の判別は付かないが、かなりの美少女のようだ。


「で、その死神とやらが何のようだ。もしかして俺、本当に死んだのか?」


「その通りです」

 淡々と告げられたその台詞に苛立ちを覚える。


「実は手違、じゃ無くて、間違いで死んでしまったのです」

 そして呟く「本当は隣の彼女が死ぬ予定だったんですけどね」と……


 彼女が死ぬだと!?

 それを聞いた俺は咄嗟に「おい、彼女は無事なのか!?」と、聞いた。


「ありゃまた聞こえちゃいましたか。えぇ無事です。貴方が死んだことで彼女は永らえる事に決定したんですよ。良かったですね、無駄死にじゃないですよ?」

 そうか、良かった。


「えーと、手ちじゃなくて、間違いで死んでしまった貴方はお詫びじゃなくて、転生することになりました。良かったですね!」


「いや間違いだったら元に戻してよ?」


「それは無理なんですよ。ほらさっき言ったじゃないですか、もっと早ければと。つまりですね、貴方は先ほど火葬されまして無事にお骨おこつになりました」

 そして彼女はニコリと笑った。

 火葬されちゃった? お骨になった?

 へ?


「はい、もう帰る場所は有りません。と言う訳で、新しい世界に旅立つのです。

 わたし、頑張りましたよ。不慮の事故で亡くなった貴方の為に、無理やり輪廻転生の枠をもぎ取りまして、本来なら最短五年待ちのところを、なんとっ! すぐにでも生まれ変わる事が出来ちゃいます! パチパチパチ」

 彼女の勢いに気圧され、「そ、そうか」としか言えなかった。


 しかし戻る場所が無いというのは……

「そう言えば俺って車に轢かれて死んだのか?」


「はい、そうですけど」


「死ぬ前に誰かに押された感じがしたんだけど、その犯人って捕まったのかな?」

 そう聞けば、彼女は冷や汗を流しながら、そして非常に分かりやすく、口で「ギクリ」と言った。


「ギクリってなんだ?」


「お客さん鋭いですね……」

 この娘、先ほどから冷や汗たらたらである。


「で?」


「えーと、実はですね。ごめんなさい! 死ぬ予定だった隣の彼女を押すつもりが手違いで貴方を押してしまいました!」

 そう言うと、彼女は土下座をしたのだ。

 涙ながらのそれはもう美しい土下座だった。


「ちょ、土下座はよせ! あと泣くな」

 突然の土下座の涙謝罪に慌てて手を差し出せば、「はい、りょーかいです!」と、すぐにぴょんと立ち上がった。

 あれ俺、騙された?

 これには流石にキレそうになったが、結局、彼女の変わりに死んだということで、俺は何とか溜飲を下げた。




「えーと、まぁそんな訳でさっさと転生して貰って良いですかね?」

 もはや悪びれる事もなく淡々と進めようとする死神に、俺は盛大な待ったをかける。


 話を詳しく聞けば、地球でない他の惑星と言うか異次元と言うか、まぁ何でも良いけどそういう所でも転生オーケーだと言う。


 つまり……、そう異世界だ。

「そこは剣と魔法の世界だよな?」

 興奮気味の俺がそう言えば、「はいそうですよー」と、軽い返事が返ってくる。


 と言うことは、「チートスキルは貰えるのか? あと俺に惚れてる可愛い幼馴染オプションも付くんだよな?」と、一気に捲くし立てる。

 欲張りなんて言わせない、だって俺は被害者だからな!!


「そうですね、惚れてるかどうかは分かりませんが、幼馴染が居る転生先もありますね。そこは少々文明レベルが低いようですけど……」


「えー、惚れてないのかよ!」


「他人の心までは操れませんよ、無茶を言わないで下さい」

 そう言って非常に困った顔でこちらを見てくる。


「なんか良い手ないのかよ? ほら絞り出せよ。ほらほら~」


「ん~そんな事を言われましても……。ところで何でそんなに男の子が好きなんですか?」


「はぁ? 今の会話の流れでなんで男が出て来るんだよ」


「いえね、幼馴染って男の子なんですけど。貴方はそっち系の人だったのかな~と思いまして……」

 この死神、言い難そうな表情を見せている癖にズバズバと言って来やがる。

「ちげーよ! ちげーよ! 大事なことだから二回言ったけどさ!

 幼馴染って言ったら普通異性だろうが!」

 幼馴染が同性の男とか誰得だよ糞が!


 少しばかり考えるそぶりを見せた彼女は、

「なるほどです、女性に転生したいと言うのですね?」


「ばっ、ちげーよ。性別は男のままで良いんだって!!」

 余りにも確信を持って俺が言ったことで、彼女は「あれ、ぐぐれ先生が狂ってるのかな?」と、呟きなにやら耳元のピアスを触り始めた。

「ぐぐれ先生?」

 何その命令形のよく耳にする先生の類似品……


「ん? 翻訳機の事ですがどうかしましたか?」

 へぇ~翻訳機がぐぐれ先生って言うんだ。

 なんかそこはかとなく駄目そうな気がするのは俺の気のせいかな?


「えーと、ぐぐれ先生によるとですね……『幼い頃に親しくしていた友達を言う』と言っていますよ。異性であるとは一言も無いですね。そちらの世界の広辞苑と言う奴の記述でも『幼い時、仲良く遊んだ人』だそうですよ」


「……」


「?」


「そうだけど……、確かにそうだけどさ。そーじゃねーだろ!」

 いま魂だけの存在故に、まさに魂の叫びだったと思う。


「えっえ? どっちですか!?」


「その検索オプションに『ラノベ』って付けてワンモア頼むわ」


 それを聞いた死神は少しばかり引き気味に、「よくわかんないですけど、まぁ分かりましたよ」と言って再び耳のピアスを触り始めた。


 暫く待つと、

「へぇ~翻訳結果が変わりましたよ。なるほど幼馴染と言うのは、受けと攻めの有る男子同士の関係なのですね」


「おっと待ちな、それは『腐』が付く薄い本の内容だ! 健全でノーマルな俺には荷が重たいぜ!」

 危うくそっちの世界に入れられそうになり、もう一回、ソフトな感じの奴を検索してくれと頼んだ。

 いや、マジで……


 さらに待つこと少しばかり。

「なるほど分かりました。隣の家の女の子で窓越しに挨拶したり、気軽にお互いの部屋に遊びに来る関係って奴ですか?」


「そう、それ!!

 ついでにカーテンの閉め忘れで、うっかり着替えを見ちゃうようなラッキースケベオプションつきが希望だ!」

 もはや完全にドン引きの死神を置いて、俺は自分の趣味に突っ走っていた。


 そして死神は明らかに冷めた声色で、

「分かりましたけど、今転生できる世界にガラス窓はないですよ」


「へ?」


「ですから文明レベルは低いと、最初に言いましたよね。だからガラス窓なんて無いですよ」


 急速に萎むラッキースケベオプション脳。

 一旦クールダウンした俺は、「じゃあ隣の家は?」

「そうですね。五分ほど歩けば隣の洞窟には行けますかね?」


「ガラスどころか窓ですらねぇよ!?」


 流石にこれは駄目だろう。

「それは文明レベル低すぎじゃないか。この文明の記憶を持ったままそんな場所へ行くと、数日で暇すぎて発狂するわ! もう少しマシな場所はないのか?」

 そう言って説得しようとすれば、「大丈夫ですよ。今の記憶は無くなりますから」と、平然と言われてしまった。


「ちょっとまて、それは転生じゃねえ! 転生ってのは今のまま・・・・の記憶で別世界に行くんだよ!」

 魂の叫び二回目であった。



「え? でもぐぐれ先生によると「よーし、もっかい『ラノベ』のワードつけてみようか!」」

「えぇ~またですか? 時間無いのにう~ん仕方が無いなぁ」


 そして俺は転生した。

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