二礼四拍手
獅子堂桜
上 道中
私は真っ暗な山道を、ヘッドライトを頼りに運転していた。
一つも見当たらない街路灯。舗装が甘い道路。先の見通せない連続するうねり道。不慣れな車の運転をするには、とても不向きな道であった。
顔をしかめる私とは対称的に、後部座席では安らかに眠っている二人の同級生がバックミラーに映る。もう午前一時を回ろうとしてはいるが、こんなにもガタガタと揺れる車でよく寝られるものだ。
私はウィンカーを出し、アスファルトから舗装されていない細道に入る。手入れのされていない細枝が、道を侵食するように伸びているので、実際の道幅よりも圧迫感があった。
それでももうすぐ着くと思うと、思わず気の抜けた息が漏れてしまう。かれこれ出発してから四時間近く。そろそろ疲労の限界だった。
車は緩やかな曲線を描きながら、坂を下っている。下れば下るほど広がっていく道幅が、運転の終わりを告げるようだった。
坂道がなだらかになっていくにつれ、路肩に路駐されている車が目につく。その数は徐々に間隔を狭めて、増えている気がした。この様子だと目的地の神社の周りは、車で埋まっていそうだ。目的地の手前まで車で行くつもりであったが、これなら歩ける距離のところで車を停めた方が良いだろう。
私は車を路肩につけ、シフトをパーキングにし、エンジンを切る。それと同時に、私も集中力が切れたようで、どっと疲れが押し寄せてきた。私は背もたれに身体を預け、首を伸ばすために上を向いて、目を瞑る。
「着いたよー」
私はその体勢のまま後部座席の二人に呼びかけた。しかし、深く眠りについた二人には、私の声は届かなかったようだった。仕方がないので、私は車を降りて、直接二人を起こすことにした。
車を降りた瞬間、あまりの全身の気持ち悪さに、私は思いっきり身体を伸ばしていた。凝り固まった身体に、再び血液が巡る感覚がとても気持ちが良い。
「暗っ」
一息ついた私は、周りを見渡してボソッと呟いた。
真っ暗闇。車のヘッドライトが消えている今が、まさにその言葉にピッタリだと思った。ここまでの真っ暗闇は、進学のために上京してから久しぶりだ。
どのくらい混んでいるか気になった私は、スマートフォンの懐中電灯機能で道の先を照らす。スマートフォンからの光源だけでは遠くまで見えないが、それでも同じように路肩に停められた車の台数は想像以上に多い。
この車の群れも、私たちと同じで聖地巡礼に来た人たちのものなのだろう。
少し前に、ある動画配信者の二人組が、このトンネルの先にある神社で肝試しを兼ねて、何周年かの記念ライブ配信をしたらしい。そして、そのファンたちが聖地巡礼として、同じようにその神社まで写真を撮ったり、配信者たちと同じことをしたりしているようだった。
私はその配信者たちの動画を面白いとは思わない。私の周りはみんな、顔の良い動画配信者に熱を上げており、彼女たちに熱心に勧められて動画は見たことがあった。その度に私は、名前も外面も全てを取り繕った偶像を見て何が面白いか理解できなかった。それでも今回この場所に来たのは、彼女たちに誘われてのことだった。
そんなことを考えながら私は、後部座席の扉を照らし、扉を開けた。彼女たちは光を顔に直接当てても起きないくらい熟睡していた。
「ねぇ、起きて」
スマートフォンをポケットにしまった私は、二人の肩を叩き、それでも駄目だったので身体を揺さぶった。
んー、と掠れたような声を出した二人は、眉間に皺を寄せ、ゆっくりと瞼を開ける。
「ここどこ……」
私の手前にいたマイが、半開きの目を擦りながら、喉の乾いたガラガラな声でぼそっと呟いた。
「着いたよ。キシ村」
「ごめん。寝ちゃって。運転ありがとね」
マイの隣で身体を伸ばし、ペットボトルのお茶で喉を潤したユイは、申し訳なさそうに私に笑いかけた。
「いいよ。気にしないで」
私も気さくな笑みをユイに返した。
マイが車を降りようとシートベルトに手をかけたので、私は車から数歩離れて、明かりを点けたままのスマートフォンを取り出した。
「めっちゃ真っ暗じゃん」
マイはまだ眠そうにあくびをしながら車を降りると、周りを見渡し驚いたように大きな声を出す。
「ねー。ここまで暗いんだね」
ユイも明かりを点けたスマートフォンを片手に、マイに続いて車から降りた。
「てか、車多くない?」
「それな」
スマートフォンの明かりを点けたマイが、ユイにすかさず同意した。
私はマイとユイが車から降りたので、自分の荷物を取って車に鍵をかけた。念のため、後部座席に忘れ物がないかも、後部座席の窓から光を照らしザッと中を確認しておく。後部座席に残っていたのは、私が用意したクーラーボックスだけであった。
「ごめん。おまたせ~」
私を待ってた二人に軽い駆け足で合流した私は、申し訳なさそうに笑って、手を体の前で合わせた。
「いいよ。いいよ」
マイと話していたユイが、私に気づいて笑って答えた。
「なんかここ気味悪いし、早く行こう」
マイは私と目が合うと、顔を背け、スマートフォンを見ながら先に進んだ。
マイとユイが並んで先に進み、私は二人の後をついていく。二人の会話が弾み、楽しそうに騒いでいるのを、私はぼんやりと見ていた。
暇な私は、周りをキョロキョロと照らしながら、止められている車の多さに改めて驚いていた。
進んでも、進んでも、左右どちらの路肩にも停車されているのが見える。神社に近づくにつれて、車のフロントガラスに落葉が枚数を増して固まっており、時間の経過が感じられるようだった。
私が止められている車を観察していると、急に二人が立ち止まった。私は全く前を意識していなかったため、ぶつかりそうで一瞬肝が冷えた。
前を向くと、二人が揃って右側を向いていた。片手には、神社についてまとめられたブログが開かれたスマートフォンが握られている。
私も二人に倣って右側を向いた。そこにあったのは、ひびの入った簡素な木造の鳥居。奥には暗さと長さで先の見えない石造りの階段が続いているようだった。
私は息を呑んだ。
冷や汗と鳥肌が止まらない。この鳥居をくぐってはいけない、と身体の細胞が叫ぶような、後戻りできないと恐怖が、そこにはあった。
「うわっ、凄」
「ねー。マジ雰囲気あるよね」
マイとユイは口々に言葉を漏らし、スマートフォンで写真を撮っている。どうやら私が感じている引き出されるような警戒心は感じていないようだ。
「ごめん。私、ここで待ってる」
私は顔を引きつらせ、声を震わせて二人に告げた。
「えっ?ここまで来たのに?」
マイが驚きと、理解できないといような表情で私を見た。
「うん」
「せっかくここまで運転してくれたのにもったいないよ」
ユイは私の手を握り、顔を近づけて励ました。
「ごめん。けど、なんか体調悪くて。もしかしたら、長時間運転して疲れたのかも」
私は無理やりな笑みを浮かべた。
私の言葉に二人は困ったような、申し訳ないような顔をして、顔を見合わせる。私に長丁場の運転を頼んだ身としてこれ以上返す言葉が見つからないのだろう。
「本当にごめんね。私ここまで待ってるから、ちゃんと私の分まで楽しんできて」
私はそう言い残して、すぐ近くに停めてある砂ぼこりの被った車の側まで歩いて行った。
二人は少しの間、私を見た後、手を小さく振って鳥居をくぐる。私は車の中をライトで照らして誰もいないことを確認すると、見覚えのある大型車の側面に寄りかかって、手を小さく振り返して見送った。
二人が完全に私の視界から消えたので、私は張り詰めていたガスを抜くように息を吐いた。鳥居の方からは今でも嫌な気を感じる。それでも、それ以上にやっと一人になれた安堵のほうが大きかった。
私は一人が好きだ。車を運転している時も、静かな車内が好きだ。そういった点では、二人が車ですぐに寝てくれたことは、本当にありがたかった。もちろん気を張らないわけではないので、ストレスはそれなりに感じていたけど。
車にもたれ掛かっている私は、スマートフォンで時間をつぶす。おすすめのニュース一覧に、新型のスポーツタイプの車の発表があった。今の車の維持費で大変なのにも関わらず、私はそのニュース記事を開いていた。
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