35、あなたと彼は恋人なの?

 昨日とは異なり、夜の港を照らすのは夜空に輝く満月だった。


 淡黄色の丸型が、私とゲオルグを覗き込むように光を放ち、宵闇を引き裂いている。潮風は塩の匂いを含んでゆったりと港を包み込んでいた。


 停泊している船の周囲には人影も見えず港は閑散としているが、陸地から離れた海の上では漁火を灯した帆船が漁業にいそしんでいた。


 私たちは昨夜と同じ場所、埠頭の先端に立っていた。


 私のすぐ後ろにゲオルグが立ち、辺りを警戒するように視界を巡らせていた。そのローブの裾が海風で揺れている。今日はクーシーは不在だった。


「いいか。危ないと思ったらすぐに退くんだ」


「分かっているわ。無理はしない」


「必要ならば俺が槍で威嚇する」


「そこまでしなくてもいいわよ。そんなことをしたらメロウが近寄ってこなくなってしまうわ。あくまでも仲良くなりたいんだから」


 私はゲオルグの言葉にあっけにとられる。なんだか彼、ずいぶんと過保護になっていないだろうか。


 再びゲオルグが何か言おうとしたところで、埠頭の先の海面が波立った。ざばあ、と水しぶきが立ったところに目をやると、現れたのは昨日出会った金髪のメロウだ。


 こんなに早く会えるとは思ってもいなかった。


 メロウはこちらをじっと見つめている。


 ああ、きっと昨日の件を引きずっているに違いない。また変なことを言い出すんじゃないかと私を危ぶんでいるんだわ……、などなど推測を重ねていたのだが、それにしては離れる気配もない。


 とにかく話をしなければ。昨日のことも謝ろう。


 そう思って切り出した私に、メロウは全く別の切り返しをした。


「あ、あの。昨日はつまらない話を振ってしまってごめんなさ……」


『今日はいい男を連れてきているじゃない。紹介してくれるの?』


「え?」


『その彼、大人びた雰囲気が私の好みだわ。最近のフィルランドは強面の男ばかりで知的そうな男が少なくてつまらなかったのよね。ねえ、なんて名前?一緒に酒が飲みたいわ』


「え!?」


 なんとメロウが見つめていたのは私ではなくてゲオルグだったのだ。


 警戒されて話ができなかったらどうしようと思っていたが、その懸念は良い方向に裏切られた。


 だがこれはこれで想定外の事態である。


 女型のメロウは人間の男性と恋に落ちることがあるとは聞いていたが、まさかゲオルグが狙われるとは。

 私はその場で狼狽した。


「あれがメロウか」


 私とメロウの会話が聞こえていない様子のゲオルグが進み出る。


 ちょっと待って。ギョッとした私は慌ててゲオルグの腕を掴んで引き戻した。


「ちょっと、前に出ないでちょうだい!今狙われているのはゲオルグなのよ」


「は?」


 彼は要領を得ない顔で聞き返す。


「どういうことだ。今度は俺が海に引きずりこまれるとでも言うのか」


「そういうのとはちょっと違うんだけども、とにかく後ろに下がってて」


『やっぱり近くで見ると、格好いいわね』


 メロウがすいすいと近づいてきた。ゲオルグの顔を見上げて、うっとりしている。


 私は息を呑んだ。ゲオルグを奪われてはたまらない。


『昨日話していた人間の政治には興味ないけど、格好いい男なら大歓迎よ。一度、恋をしてみたいと思っていたの』


「いや、この人は駄目よ!絶対に駄目な人よ」


『何さ、むきになっちゃって。いい男を独り占めしようっていう魂胆じゃないの』


「そういう話ではないのよ!この人はちょっと訳ありの人で……」


 ダナンの王様です、と紹介するわけにもいかない。


 でもメロウはゲオルグに興味津々だ。


 正直、この興味をきっかけに仲良くできたらという目論見もあるから、すぐに会話を打ち切ってしまうこともできない。


『もしかして』


 メロウが目を細めて、自分の頬に手を当てる。


 何かに気付いてしまったという様子をこれみよがしに見せつけてくる。まさか気付かれた?


「な、何よ」


『その人……あなたの恋人なの?』


 私は固まった。正体がバレたわけではなかったが、今度もまた答えに窮する質問が飛んできた。


 口がハクハクする。


『やっぱり、そうに違いないわ。だから私に紹介したくないんでしょう?』


「え、あ」


 言葉の破片が口から零れ落ちた。


 恋人。

 私とゲオルグが。

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