記録の夢

@hennaytu_39

始まりは常に異変から。

僕は杖を持っている。

杖と言っても、何ら特別大きなものでもなく、サイズ的に、ボールペン程の大きさだ。

この杖は気まぐれで姿を変える。

昨日は赤、青、黒の三色ボールペンで、今日は、竹素材の割り箸だ。

恐ろしいことに、この杖、なんと、魔法を使うことなんかできやしない。

手に入れた瞬間、ビックリした。

流石に。

何でこんなものを僕は渡されたのだろうか。

ただ、気まぐれで姿を変えるのを見て、僕は、それを杖として認識していた。

「遅刻。」

「すいません部長。」

そんなへんぴな物を手にした僕は、高校生。

文芸部に所属している。

目の前で僕に遅刻だと伝えてきた人は部長だ。

「まあ、いいけどさぁ…。どうせこの部活、俺とお前しかいないんだし。」

くるくると部長は万年筆を回しながら、溜息をつくように、テンプレの言葉を吐く。

密室に男子二人っきり。

何かが起こらない訳がなく……。

なんて、バカバカしい。

何も起きないわ。

なんて心の中で呟いて、カバンから執筆活動のための道具を探していると。

「おいおい嘘だろ。このタイミングかよ。」

部長が呟いたのを聞いて僕は目線を上げると、部長の万年筆が光を放ち、段々と形を変える。

何か起こったんだが。

「『起こらない訳がなく。』ってホントの事かよ。」と心の中で突っ込みながら、光を見つめる。

光が収まった頃、そこにあったのは、ほんの少しだけデザインが変わった万年筆だった。

「あー、えっと、見られたよな。」

「ええ。見ましたね。」

 気まずい雰囲気が流れていく。僕は、一膳の箸を用意する。

「部長。これなんだと思います?」

「箸?」

「はい。箸です。これは、昨日は3色ボールペンでした。」

「はぁ……。」

「そして今日の朝、この箸に光を放って変化しました。」

「え?もしかしてソレって……。」

部長がそう言った瞬間、杖が光を放つ。

嘘だぁ……とか、デジャブーとか、考えて、僕からは乾いた笑いが口の端からこぼれた。

杖の光が収まると、孫の手が僕の手に収まっていた。

「これ。杖です。」

「お前も持ってたのか。」

「この間、変な生物が僕の前に現れてですね。」

「俺もだな。」

「『ねぇ、そこの君、魔法少女になってよ!』って何処かで聞いたことのあるようなセリフを吐いたので、適当に流して『はいはい。』って答えたら契約勝手に決まったっぽくて。」

「俺もだなぁ。」

「イマココ状態です。」

「俺、もだなぁ……。」

「「はぁ……。」」

 大きなため息が漏れ出る。僕自身も、部長も。

「厄介な事になっているっぽいですね。」

「だな。あいつがなんでこれを渡してきたのかよくわからんが。」

「ですね。」

呆れたように、万年筆をひらひらと振る部長。

僕もなんでこれが手元にあるのかわからない。

呆れているがゆえに、暇を持て余したような味が広がった。

何もすることがないがゆえの暇。

「今日特に創作テーマとか無いし、帰るか。」

「えぇっ?!もう帰るんですか?」

「やる事ないしな。お前、自由に小説とか作っていいって言われても、何も作らないだろ?」

「まだ特に作ろうという意思がないですからね。」

「そういう所だよ。かく言う俺も、今日は作る気分じゃないからな…。」

「今日は解散ですか?」

「まぁ、そんな感じだな。」

「わーい!家に誰も居ないし、ラーメンでも食べて帰ろー!先輩もどうですか?」

「まぁ、俺も行こうかな。」

「部長のおごりですか?!」

「な訳ねぇだろ馬鹿かお前は。」

無駄口で、すごいダル絡みだとわかった上で、僕はケラケラ笑う。

先輩は押せば折れてくれそうだけど、悪い印象は与えたくないし。

そう思いながら、荷物の整理をしていると、一足先に荷物の準備ができていた部長が、ぼそっと言葉を漏らす。

「…厄介なことになったな。」

「何がですかー?」

部長の視線の先を追うと、その先には、ムンクの叫びの絵の空のような、歪な色をした、窓の外に広がる空があった。

「なんだコレ…。」

「変える準備できたか?ミナセ。」

「え、そんなこと言っている場合ですか?」

「いいから、変える準備はできたか聞いてるんだ!!」

わけが分からずとも、部長が今までに見たことが無いほどの声を張り上げているのを見て、僕は気圧されていた。

まるで何かを警戒しているように、何かに焦っているように、声を張り上げている部長に、この異変はなにか問題を抱えているのかもしれないと直感したが、なにせ、この学校には、おかしな部活が多い。

特に文化部系には。

どこかの部活が何かをまたやらかしたのかと思っているのだが。

「いや、そりゃ、帰る準備はできてますけど…。」

「ならいい。自力で避けてくれよ。」

「先輩何を言って…?」

「避けろ!!!」

僕の答えに部長が返答するよりも先に、部長は叫んだ。

その瞬間、絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような空が紙を引きちぎってクシャクシャにしたような音を立てて、割れる。

割れたところから、黒く鋭い何かが降り注いできた。

窓を突き破り、僕達に向かってくる。

世界がスローモーションに見える。

命の危険を脳みそが鳴らす。

今にも僕に突き刺さりそうだ。

そう思った時、部長が僕とその攻撃の間に身体を滑り込ませてきた。

「部長!!」

危ないと口に出すよりも先に、部長の前から光が放たれる。

僕は呆気に取られて、尻餅をついたまま、何もできずに居た。

「避けろって言ったよな。」

嫌そうな部長の冷たい目が、僕を突き刺す。

部長がこっちを見ることで見えた光の根源は、部長の万年筆っぽい杖だった。

光によって時間をとめたように静止した黒く鋭いそれは、ぐちゃぐちゃに黒く塗りつぶされた紙のようだった。

「すいません。」

「そう言える暇があるなら早く窓際から離れろ。次が来るぞ。次は守れないからな。」

立ち上がった僕を突き離すように、部長は僕を部室の入口に突き飛ばす。

僕は押されるがままに倒れ込む。

ドサッと、僕の荷物が乱雑に僕の横に投げ飛ばされたのが聞こえた。

俺が部長の方を見ると、凄く嫌そうな顔で、呟いたのが聞こえた。

「『断絶』」

そう言われた瞬間、僕と部長との間に大きくて透明な壁ができあがったのを見た。

凍りつく空気。

そして仄かな暖かい光。

触れさせることすら拒む壁がそこにあった。

作り上げた張本人の部長は凄く、凄く嫌そうで、凄く苦しそうで。

僕は、その時、また、あの紙を強く引きちぎる音を聞いた。

空が割れて、空虚を映し出す。

そこから、白紙のような何も書かれていない紙のようなナニカが沢山降りてきた。

「なんだ…あれ…。」

未知の恐怖が僕を包んでいく。

手の中にジワジワと汗がたまって、頬を汗が伝う。

息が詰まって、声も出せない。絞り出てきた言葉は、たったの2語だけで。

壁の先で部長は、万年筆を軽くペン回しして、呆れたような声色で話し始める。

「記録体だな。この数は中々見ないが、相当な喪失を願っているのか、はたまた別の意図があるのか。俺には分からないがな。」

部長は、じっと、あのナニカを視界から外すことはしない。

クルクル回していたペンを握って、ビシッと、ナニカに向ける。

部長の顔は見えないが、いつもの呆れたような、雰囲気ではなく、どこかいつもより背が大きく見えた。

「むきあはやはひうりにう」

ナニカが奇妙な声のようなものを発して、身体が折りたたまれていき、段々と人の形をとっていく。

奇妙な声は頭に強く響いて、吐き気を引き出す。

イメージが、妄想が、想像が、抜き取られていくようだ。

「うっぷ…。」

吐きそうになって口を抑える。

吐いたら、何かが無くなりそうな気がして、冷や汗が出る。

胃の中でいろんなものが渦巻いている。

「おい、吐くな。床が汚れるだろ。」

「すいま…せん…。」

部長に冷たく言われ、僕は喉に込み上げてきたものを無理やり胃の中に仕舞う。

段々と、今まで色々考えてきた想像がなくなりかけていたのが、唐突に凪いだ湖のような静寂を取り戻していた。

「やかましいわ。記録体として残った以上続きは無いのかもしれないが、めんどくさいから早いうちに句点つけてやる。かかってこい。」

記録体と呼ばれたナニカは黒い断片をこちらに飛ばす。

透明な壁で止められたそれは、化けた文字のようで、読解をさせる気はなく、ひどく気味の悪いものであった。

「気持ち悪…。」

「絶対吐くなよ?ほんっとうにめんどくさいことになるから。」

僕は、部長に言われた言葉に意識を向けて、口を抑える。

また胃の中で、変に何かが渦巻いていた。

「はーあ。うちの部員を記録化とか洒落にならないからやめてほしいんだよね。こいつの創造力は侮れないからさ。」

部長の声が頭に響く。

グワングワンと脳みそがかき回されている気分だ。

「『消失』早く失せろ。うちの部員は持って行かせないからな。」

句点を書くように、部長の腕が動くのが見えた。

その瞬間、そこに居たナニカが、塵となって次々に消えていく。

雨の匂いがした。

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