最強の暗殺者がお嬢様の専属執事になった話
橙のマサル
第1話 暗殺者が執事になった話
1年前、魔王が人類に攻撃を開始した。この大陸の中心にある大都市を破壊し、そしてそこから数ヵ月で大陸北部に位置する軍事国家を壊滅。
人間たちは圧倒的な力を持つ魔の軍団に逆らえず、恐れ、滅びの時を待っていた。
「だが、それも今日で終わりを迎える。あの男が魔王を倒し、名実共に勇者になるからだ」
「あり得ないですねぇ。魔王様は絶対的な強者。力が全ての魔族の世界で頂点に立った者。人間ごときが勝てるわけありませんよぉ」
魔王城3F。魔王の王室へと続く階段の下で、とある2人が向かい合っていた。
1人は白髪の人間。黒いコートに身を包み、口元をマフラーで隠している。その頭と腰から、それぞれ白い虎の耳と尻尾が生えていた。
1人は青肌の魔族。こちらは黒髪だ。白衣を身に付け、頭と腰からはそれぞれ悪魔の角と尻尾が生えている。
見た目がまさに対極的な2人であった。
2人の足元には首を切られたアンデッド達が転がっている。階段や壁にまで血が飛び跳ね、腐乱した血の匂いが充満している。
「それにしても……私が改良に改良を加えたアンデッド軍団をこうもアッサリと。さすがは最強の暗殺者、ライガさんですねぇ。ですが貴方に私は殺せません。なにせ私は三魔将の1人、不死身のネクロですからねぇ!」
「不死身を殺した暗殺者……というのも箔が付くだろう?不死身だからと油断してるとその首飛ぶぞ。そのうるさい口を黙らすのにもちょうどいい」
白衣の魔族、ネクロは間延びした口調で挑発する。しかし、黒コートの人間、ライガはその挑発を受けても隙を見せることはなく、むしろネクロに挑発を返した。
挑発を返されたネクロは「クククッ」と笑うと、1本前に足を踏み出す。その瞬間、彼の足元から氷が凄まじい勢いで広がり、床や壁といった辺り一面を凍らせる。一方のライガは敵であるネクロから目をそらさず、ゆっくりと構えた。
「来い、ネクロ!」
「それでは……そろそろ始めましょうか……。展開・
ネクロの背後の床の氷が蠢くと、氷が天に昇るように展開され、巨大な氷像が作り出される。氷像は口から氷柱を複数生成すると、それをライガに向けて放つ。
「武装・
ライガは金属魔法を使い、自身の手と足に鋼鉄を纏わせ、ガントレットのように姿を変えた。鋼鉄を纏わせた拳と足で、飛んでくる氷柱を次々と砕いていく。
氷柱の雨が薄くなった一瞬の隙を見ると、足の裏から金属のトゲを生やすし、それで氷の床を踏みしめ、ネクロに向かって走っていく。
ネクロは彼を近付かせまいと氷像に魔力を注ぎ込んで動きの指示を出す。氷像は操られるがまま、その巨大な腕を振り上げた。
一方のライガもその攻撃に抵抗するため、さらに加速すると空中へと飛び上がり、手にさらに鋼鉄を纏わせて巨大な拳を作り出す。
「ウオオオオオッ!!!」
「ハァァァァァッ!!!」
お互いの咆哮が響く中、2つの巨大な拳がぶつかり合った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3年後 南の聖国
ここは南の聖国。大陸の南部に位置し、この世界における神への信仰が深い国として有名な場所。また、その他にも自然が豊かで農業や畜産が盛んなのが特徴である。
その聖国の中心に位置するのが、神の依代が祀られているとされる大神殿。そこにはこの国の王である聖王とその家族、そしてそれらの身の回りの世話をする執事やメイドといった人達が暮らしている。
「フンフンフンフフフーン♪フンフンフンフフフーン♪」
そんな大神殿のとある一室。赤髪のロングヘアーをボッサボサにした少女が、服やら化粧道具やら本やらをバッグの中に詰め込んでいた。大量に荷物があるのか、バッグの数は10を軽く越えている。
「よし、荷造り終わり!さてと、出発までまだ時間もあるし、少し本でも読もうかしら」
少女は身体をうんと伸ばしてコリをほぐすと、暇潰しのために出しておいた1冊の本を手に取る。よくある恋愛小説だ。
勇者と4人の仲間達が魔王討伐を果たしてから早3年。人類の復興もある程度進み、本を書いたり、絵を描いたり、曲を作ったりなどの娯楽に力をいれる人々も増えてきた。
特にこの恋愛小説は彼女のお気に入り。つい最近城下町の本屋に並んだばかりだが、続きが気になって何度も読み返している。
早速、小説を読もうと栞を挟んだページを開こうとした時だった。
コンコンコン
「アスカお嬢様」
自室の扉が誰かにノックされる。この少ししわがれた声は、自分の世話を毎日してくれているメイドのマリーだろう。
「ハァ……本読もうと思ったのに。いいわマリー、入りなさい」
「失礼いたします」
自分の楽しみの時間を邪魔されて多少不機嫌になるも、だからといって追い返すわけにもいかない。アスカと呼ばれた少女は溜め息をつきながらも入室を許可する。
扉を開けると、70代ほどのおばあさん、マリーが入ってきた。あんなにしわくちゃなのにメイドの服装が似合うのは、本物のメイドの証、というやつなのだろう。なんなら若いメイド達より似合っている気がする。
「何の用?私、数日かけての荷造り終わったばかりなのよ?急用じゃないと許さないわ」
「新しい執事がやって来ております。是非お嬢様にご挨拶を、と」
「顔は?」
「イケメン」
「準備するわ」
相手がイケメンと知った途端、アスカは返事しながら洗面台へと向かう。
ボサボサの髪を櫛でとき、ヘアゴムで結んでポニーテールへ。顔を洗い、軽いメイクを済ませ、聖女の服装である白いローブに身を包む。これまで、わずか3分であった。
「マリー、案内して」
「かしこまりました」
案内されたのは大神殿の中で最も広い部屋である大聖堂。ここには神の依代とされる像が飾られており、信者や観光客達が来ては祈りを捧げる場所である。
まだ朝早いこの時間帯は神殿も空いておらず、この場所に信者達はいない。
だからアスカはすぐに分かった。この聖堂の真ん中で手を合わせ、祈りを捧げている男が、新しい執事であると。
男はこちらを向くと、アスカ達に軽く会釈をし、近付いてくる。
アスカが抱いた第一印象はクールであった。白い短髪で瞳の色は深い青色。顔付きも美少年という感じだ。自分が少し見上げているから、身長は170後半だろうか。体格も細く、執事の着る黒いスーツが似合っている。
アスカは一瞬顔を赤らめ見惚れていたが、すぐに正気に返ると深くお辞儀をしてから自己紹介を始めた。
「初めまして。私から自己紹介を。私はアスカ・フレイア。この西の聖国における第二聖女です」
アスカの自己紹介を聞いた男は怪訝そうな反応をした後に、「あぁ」と小さく呟いて微笑む。その様子の意味が分からずアスカは首をかしげた。
「どうかしましたの?」
「いえ、初めまして……ではなかったもので。とはいえ会ったのは3年以上前に一度だけ、しかもその頃とは自分の印象も違いますから、覚えていなくても無理もないかと、勝手に納得した次第です」
「……どういうこと?」
彼のどことなくバカにしたような言葉に、アスカは気を悪くしつつさらに疑問を深める。
彼女の質問に答えるため、男は自身の胸元に手を添えながら、自己紹介を始めた。
「本日より専属執事を務めさせていただきます。ライガ・キリルです」
「ライ、ガ……?ライガ・キリル!?そ、それって……!お義兄様やお姉様の!?」
彼の自己紹介を聞いたアスカは気を悪くしたことなんて忘れて、みるみる目を見開いて驚く。なぜならその名前は3年前から何度も聞いた名前だったからだ。
アスカの姉である第一聖女は、3年前の戦いで魔王討伐に貢献した勇者の仲間の1人。そしてそんな彼女の夫は勇者その人である。
その2人から、アスカは何度も聞いていた。ライガ・キリルという、共に戦ってくれた凄腕の暗殺者の名前を。
「はい、そのライガ・キリルです。貴方の義理の兄である勇者や、姉である聖女様と共に魔王討伐に貢献した、元暗殺者でございます」
「うそぉ……」
アスカは混乱していた。勇者の仲間だった人が自分の専属執事に?しかも元暗殺者?というかライガって勇者の仲間の中で唯一、その後の情報が一切ない人だよね?そんな人がなぜ?
アスカの頭は疑問に疑問が重なってショート寸前。目をグルグルと回している。そんなアスカを横目に、マリーとライガは何か会話をしていたが、内容は一切入ってこない。
すると、話を終えたマリーがアスカに声をかけた。
「混乱中に申し訳ございませんお嬢様」
「なによマリー……」
「ライガさんに引き継ぎは終わりましたので、私はこれでお暇させていただきます」
「へ?」
彼女の突然の言葉にアスカはすっとんきょうな声を出して首をかしげる。さっきから首をかしげてばかりでなんだか痛くなってきた。
マリーはこの大神殿での自分の世話をしてくれる人物だ。そんな彼女はほぼ毎日朝から夜までこの神殿にいるはず。この神殿から出るのは彼女の1人娘に会いに行く時か、買い出しの時くらいなものだ。そんな彼女がここからいなくなると急に言い出したものだから、アスカはさらに訳が分からなくなる。
「実は先日孫が生まれまして」
「え、あ、めでたいわね」
「その孫の世話と娘の手伝いに行かせていただくため、1年ほど休養をいただきました」
「は?」
「これからはこちらのライガ様に、お嬢様の身の回りのお世話をお願いしております」
「は?」
次から次に来る予想外すぎる情報に彼女は頭を抱える。少なくともお嬢様が出すべきではない声と言葉が出ているが、そんなこと気にならないレベルで混乱している。
別に言っている意味が理解が出来なかった、というわけではない。マリーに孫が生まれたため長い休養を取ったことも、その代わりになぜか勇者の仲間であるライガが来た、ということは分かっている。
だがあまりにも突然すぎるし、なによりその他に謎が多すぎる。
「また後々、ご説明させていただきます故、今はとりあえず」
ライガはそう告げると一歩前に出て、彼女に深々と頭を下げた。
「これからよろしくお願いいたします。アスカお嬢様」
「はああぁぁぁぁ!?!?」
彼女の大きな困惑の声が、大聖堂に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます