第9話 捨てられたくない

「やぁだ、行かないで」


遥乃が泣きすがるけれど、怒った悠斗は勢いよく扉を閉めて、外へ出ていく。


「ゆう……とくん」

「凄かったわねぇ」

「お、お母さん。助けて!」


涙でぐしゃぐしゃではあるけれど、そんなの気にせず母の足に縋り付く。そんな遥乃を母は平然とした顔で見下ろす。


「なによ、あんたが悪いでしょうが」

「だ、だって」


今回の遥乃は、いつもの悠斗の優しさに甘え、折れてくれると思い投げた言葉が原因で、悠斗が怒り1人で出ていってしまった。もちろんのこと、100%遥乃が悪い。


「そもそも、あんた悠斗くんに甘えすぎなのよ。ニートの癖に」

「ヴ」


怒られ、気が気でない遥乃から、鈍い音が出る。そんな、遥乃にたたみかけるように母はちょっとした嫌味をぶつける。


「でも、でもお母さんも私のこと知ってるでしょ?」

「そうだけど、まだ前の方が良かったんじゃない?」

「そ、そんなぁ。あ、そ、そうだ謝らないと」


母にまで言葉で殴られ、意気消沈ではあるけれどすぐさまスマホを取りだして、悠斗へ「ごめんなさい」「捨てないで」「バカ長文のため省略」などの謝罪の言葉を連投しまくる。


「あ!ああ!」

「もう、なに?」

「ブロック、されちゃった。終わった、私悠斗くんに捨てられて、そのまま独り身で悲しく散っていくんだ。もういいや、このままここで寝る」

「もう。あんたは」


玄関に倒れ込み、寝ようとする遥乃からスマホを取り上げる。


「お母さん、スマホ返して。私死んじゃう」

「そんくらいで死ぬなら、死になさい」

「酷い」

「てかねぇ、あんたもう少し根気強く行きなさいよ。まだめんと向かって、言われた訳でもないんだし」

「あれは、捨てられるコース一直線だよぉ」


涙をぽたぽた流しながら、廊下の先を見つめる遥乃。そんな遥乃に、ため息をついてから母は口を開く。


「謝るの少し手伝ってあげるから、なにか考えなさい」

「ほんと!?」


廊下の先を見つめていた遥乃は、頭を上げ母の顔を見る。


「ニートあんたが、三嶋くんまで失うと、究極体になりかねないし、しょうがなくね」

「なんか、毒あるけどお母さん大好き」

「くっつかないで」


遥乃に抱きつかれたまま、母は遥乃を引っ張ってリビングの中へ戻っていく。


「それで、どうすんの?」

「どうしようね、へへへ」

「いい加減離れなさい!」


母の言葉にそうとう救われ、くっついたままの遥乃を軽く叩いて離す。


「で、どうすんのって」

「手紙って思ったけど、それじゃあパンチが弱いから〜」


悠斗のことを頭の中いっぱいにして、何かを考える、スーツで謝罪、部屋に閉じこもる、から――


「あ」


そんなことを考えていたら、ふと先程のことがあたまをよぎった。美味しそうに母の作った、パンケーキを食べる悠斗の姿が。


「決まった?」

「うん。お菓子作るチョコクッキー」


朝の悠斗の反応に加え、悠斗がチョコを好きだった、ようなという記憶からチョコクッキーという答えに行き着いた。


「チョコクッキーか、道具とかはあるけど、肝心のチョコがないわね」

「じゃあお母さん、買ってきて」


特段申し訳なさそうにもせず、満面の笑みで母へ買い出しを頼む。そんな遥乃にため息をついた母は、一気に目を鬼にして遥乃の首根っこを掴む。


「少しは、自分で動きなさい!」

「ちょ、ちょっとまって、お母さん知ってるでしょ、私外にが――」

「知ってるけど、これくらいは自分でしろって話!じゃなきゃ、手伝わないよ」


遥乃を玄関の外へほっぽり出した母は、遥乃にスマホと靴だけ投げ扉を閉めた。


「わかったから。せ、せめて帽子、だけでも。あ、用意周到……」

「お金は、スマホに送るから。あ、無駄買いはなしね」


母にほおりだされた遥乃は、靴を履き帽子を深く被ってから立ち上がる。あまり目線は真っ直ぐにせず、猫背で下を向きながら近所のコンビの方向へ歩き始めた。


(お母さん、ほんとひどい可愛い娘を外に出すだなんて。しかも、こんなパジャマみたいな)

「パジャマじゃん!」


今の服装に気づいた遥乃は、ほとんど人のいない道で大声をあげる。人の視線が集まったことに気がつくと、少しビクビクしながらそそくさとコンビニ方向へ急ぎはじめる。


(うぅ、ほんとに怖い)


人の視線にビクビクしながらも、コンビニの入口についた遥乃は、扉が空いたのを確認して1歩足を踏み入れた。


「「痛」」


扉が開き、店内へ入ったところで新聞を読む女性と、頭がぶつかった。


「ご、ごめんなさい。私、よそ見してて」


外、という状況と長年人と接してこなかったのがたたって、口から出る言葉につまる。


「こちこそ。てか、スマホが」

「き、気にしないでください。お、お姉さんこそ新聞」

「ああ、そうか。新聞新聞」


遥乃とぶつかった女性は、落ちた競馬新聞を拾って、遥乃の顔を覗こうとする。そんな中遥乃は、少し引っかかったことがあった。


(なんかこの人、声に聞き覚えが)

「お姉さん、ずっと下向いてますけど、大丈夫ですか?体調悪いなら――」

「き、きき気にしないでください。大丈夫なので」


顔を覗かれそうになり、急いで帽子をさらに深く被って、顔を隠す。そして、隠す時一瞬見えた顔で遥乃は気がついた。


海青みおちゃんだ)


海青。遥乃、悠斗共に同中だった女の子。昔から変わって、髪の色は青になっているけれど、顔はほとんど変わっていなかった。


「ほんとに大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫、だから。みおちゃ――お姉さんこそ、急いでるんじゃ」

「GIあるから、それなりに急いではいますけど。流石に、体調悪そうな人は置いてけないですよ」

「ほ、ほんと気にしなくていい、から。わ、私急いでる、んで」

「そ、そうですか?じゃあ、私行きますけど気をつけてくださいね」


心配そうな顔をして、遥乃のことをチラチラ見ながら海青は、遥乃の元からな離れていく。



「お母さん、ただいま」


疲れた息を吐きながら、倒れ込むように玄関に入る。


「おかえり。どうだった、数年ぶりの外は」

「ほんと大変だったんだから。人の視線は怖いし、パジャマだし。いつ不審者って、通報されてもおかしくなかったよ」

「良かったじゃない、通報されなくて。お母さんも、いちいち迎えに行かなくて済んだし」

「酷い」


初めて、と言っても差し支えないお使いを終えた遥乃は、母に愚痴をいいながら家にあがりリビングに入った。


「じゃあ、作ろうか。準備はしてあげたから、頑張って」

「お母さんも手伝って」

「少しはね、でも基本遥乃だよ」

「わかってる。悠斗くんに、捨てられたくないし。頑張る」


今朝のことを思い出して、涙目になる遥乃であるけれど、涙を引っこめクッキー作りを開始した。

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