第3話 お泊まり会
「こんにちは」
キャリーバッグを引きずって、家桜家の玄関に立つ。
「いらっしゃい、三嶋くん。ささ、上がって部屋は遥乃の部屋でいいから」
「ほんとですか?」
部屋で寝泊まり可、ということはおばさんからの信頼を勝ち得てるということでいいだよな。だからと言って、手を出すつもりはないけど、ニートで地雷だろうが大事な彼女だし。
「ところで、遥乃は……」
「あの子が、食事とか以外で外に出るわけないじゃない」
「それもそうですね」
おばさんの言葉に俺も納得、お互い普通に声を出して笑う。いや笑えねぇよ。
「遥乃、起きてるか」
「うん。起きてる、起きてる」
キャリーバッグを持って遥乃の部屋に入ってみると、遥乃は懐いた犬のように俺の元へ近寄ってくる。ちなみに遥乃が起きているのは、もちろん知っていた、なんせ今日も今日とて大量にLIMEが来ていたからだ。一応、昨日より少し減ったかなという印象。つっても、数100件だけどまあいい方かな。
「あ、そうだ」
何かを思い出したらしい遥乃は、正座になって緊張した表情で前髪を整え始めた。
「その、ね、おかえり」
こ、これは何度も想像しては、キモイと思ってかき消してきた新婚的、おかえりなさいシチュ、感動モノだ。
「悠斗くん?」
「いや、なんでも。ただいま」
そんな夢の挨拶を交わしつつ、キャリーバッグを置いて遥乃の前に座る。
「さて、ここから1週間の予定を話そうか」
なんとなく、授業と授業の合間を縫って考え抜いた、それっぽいプランがある。
「ところで遥乃、お前基本いつもどんな生活してた?」
「生活?いつもは、だいたい昼前すぎに起きて、そのままずっとスマホ」
それをずっと続けられてるって、なかなかニート適性が高いな。
「とりま、遥乃お前はしばらく俺と一緒の時間に起きるぞ」
「悠斗くんと同じ時間?何時?」
「中学までここらだとそこまで遠くはないないし、6時半とかかな。遥乃さん?」
時間を言った瞬間、遥乃の顔が一気に苦い顔になった。
「6時半。無理だぁ」
「そんな弱気にならなくたって」
自力で起きろって言ってる訳でもないし、そんな弱気になる理由でもあるのか。
「だって、そんな時間に起きたら睡眠時間削った2時間とかだよ?」
「まてよ、何時に寝る予定なんだ」
「遅くて4時」
おそ!
「いや、俺と同じ時間に寝るんだから、そんなにならないだろ」
「遊ばない、の?」
俺の言葉を聞いた遥乃に電撃が走るように、絶望したような顔をしている。
「遊ぶのはいいんだけど、さすがに12時には寝たいんだけど」
というか4時まで何をするんだ。
「わかった。12時ね」
「よかった。また駄々こねられたら、めんど――やば」
「私、めんどうなの?ま、そうかこんなニート女相手にするだけで、精神すり減るもんね。ごめん、めんどうな女で。こんなんじゃ、悠斗くん捨てたくなっちゃうよね」
口を滑らせた俺の言葉に、クソデカため息で大量のネガティブ発言を出しまくる遥乃。とてつもなく、めんどうだ。とは言っても、顔が好みなだけに心にくるダメージもその分しっかりしている。
「遥乃は頑張ってるって、たぶん」
遥乃の頭の上に手を置いて、一応励ましの言葉と共に撫でる。
「ギュッ」
「え?」
「ギュッてして」
「えぇ……」
頭を撫でられた遥乃が、両手を前に広げ俺にハグを求める。特段、嫌な訳では無いけど好きな人ではあるわけで、緊張する。なんか、はめられた気もするけど、しょうがない。深呼吸をしてから、俺も両手を前に広げ遥乃の体に近づいていく。
「中学生か、やるなら早くしてくれない?」
「お、おばさん!?」
緊張でハグに対する躊躇いで、俺がゆっくり動いていたところに扉の方から、声が差し込まれた。
「こう、娘が人に甘えるところ見るってのは、なんだか寂しいところと、グロいものがあるわね。あ、ごはんだからすることして降りてきてね」
おばさん!一体いつから見ていたんだ。てか、あの状況割って入れるって、メンタル化け物!さすが、遥乃のお母様だ神経図太い。というか遥乃、固まってる。
「遥乃、おーい起きろ」
おばさんに一部始終を見られたのが聞いたみたいで、遥乃は口を半開き目を点にして固まっている。
「あら、もういいの?」
「セクハラやめてくださいよ」
おばさんに見られたので、遥乃を起こすだけ起こして俺は先に下に降りてきた。遥乃は割と落ち込んでた。
「そういや、ずっと気になってたんですけど、おじさんは居ないんですか?」
もとからほとんどあったこと無かったけど、一応挨拶はしておきたかったんだけど、ここ3日おじさんを1度も見ていない。
「あの人、いま出張行ってんのよ。帰るのは来週、だから三嶋くんと入れ替わりね」
「それじゃあ、おじさんに変わって俺家事やりますよ。おれにでそうなことは、なんでも言ってください」
「ほんと?別にいいのに」
「いやいや、やらせてくださいよ」
ただ居候するだけ、てのも申し訳ないしできる家事は手伝いたい。
「ほんと、ニートにはもったいない子ね」
「名前で呼んであげましょ、そこは」
♦
「悠斗くん」
俺の横にいる遥乃が、俺のほっぺを嬉しそうな声を上げながらつんつんとつついてくる。
「遥乃、ほっぺつつくのやめて」
「や〜だ」
「やだ、じゃなくて。寝させてください!明日、仕事なんです」
結構美味しいご飯も食べ、諸々の支度を終わらせた俺は、食事をしてすっかり元気を取り戻した遥乃と少し遊んだあと、布団に入ったわけだけど相当嬉しいようでずっとほっぺをつつかれている。俺も嬉しいけど、その気持ちは抑えて寝ようとしてると言うのに。
「今、2時最低睡眠時間焼く4時間。わかる?」
「わかってるけど。嬉しくって」
「それは俺もなんだよ」
小中高と人の家でお泊まり会、みたいなのはしたこと無かったから、こういうのは新鮮だ。しかも好きな人となると、さらにその興奮を増幅させる。
「じゃあいいじゃん。明日の仕事さぼって、私と惰眠貪ろうよ」
「聞きたくない言葉」
「ねえねえ」
もしかしたら、お泊まり会で生活リズムを整えようってのは、間違いだったかもしれない。
「まじで、寝ないと明日死ぬ」
「死んじゃうの!?やだ、死なないで。置いてかないで」
「比喩表現ー」
ダメだ寝れる気がしねぇ。
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