第4話
第4章:過去の誤解
校舎裏の古びた倉庫の一角に、俺は彩花を呼び出した。放課後の風が、錆びた鉄扉を微かに揺らし、彼女の髪を優しくなでた。
「今日は、昔のことを話したくて……」
彩花は小さく俯き、膝の上で手を組んでいる。夕陽のオレンジ色が、彼女の頬と制服の襟元を染めていた。
「昔のことって?」
俺はドキリとした。幼稚園の砂場での約束――あの日、俺たちは確かに「大きな夢を一緒に見よう」と誓い合ったはずだった。しかし、高校でのすれ違いの間に、俺はその約束の本当の意味を誤解していた。
「覚えてる? あの日、砂場でね……」
彩花は震える声で言い、ランドセルを置いて手を伸ばした。そこには、色あせた幼稚園の卒園アルバムがあった。表紙には、二人で描いた大きな虹と星のイラスト。
俺は息を呑み、アルバムをそっと受け取る。ページをめくると、子どもの字で刻まれた「ゆめいっしょにみようね やまと あやか」の文字。だが、その隣に、俺が勝手に書き足した「ずっとそばにいるよ」の文字があった。
「これ……俺が書いたのか?」
俺の声が震えた。彩花は小さく頷きながら、こぼれるように続けた。
「ううん、その真ん中の文字は違うの。私が“ずっと大和と一緒に見る”って意味で書いたのに、あなたが“ずっとそばにいるよ”って書き直してくれたから、本当は私がプロのアイドルになっても、あなたは地元に残って私を見守るっていう意味だと思ってたの」
その言葉を聞いた瞬間、胸の底が熱く締めつけられる。
俺は無意識に過去の自分を責めた。なぜ当時、その言葉の本当の意味をちゃんと聞かなかったのか。幼いがゆえに、自分のエゴで解釈し、彼女を自分の“保護対象”にだけ縛りつけてしまったことに気づいた。
「ごめん、彩花。俺、その文字の意味を勘違いしてた。ずっと“見守る”っていう意味だって、君が言わなかったから自分で決めつけてしまったんだ」
俺は震える手でアルバムを閉じ、彼女の目をまっすぐ見た。
彩花の瞳に、一瞬涙が光った。
「私も、あなたがそんなふうに思ってくれてたなんて気づかなくて……でも、そのおかげで、私はもっと大きな夢を持ってもいいんだって思えたの。だからアイドルになって、ステージの向こう側から大和に“見せる”って約束だったんだよ」
夕陽の風景が、二人の影を長く伸ばす。校庭の向こうでは、誰かがギターを弾く練習音が穏やかに響いていた。
「約束……か」
俺はそっと手を伸ばし、彩花の小さな掌を包み込んだ。冷たくなる指先に、あの頃の純粋な想いが蘇る。
「本当の約束、教えてくれてありがとう。俺はずっと、お前の側にいるために何をすべきか考えていたんだ。でも、今なら分かる。お前の夢を、大きなステージから一緒に見ることが俺の役目なんだって」
彩花は笑みを浮かべ、ほんの少しだけ顔を上げた。その笑顔は、幼い頃の無邪気さとプロとしての自信が混ざり合った、特別な輝きを放っていた。
「じゃあ、これからは一緒に見るだけじゃなく、同じ舞台にも立ってほしい」
彩花の声は穏やかだが、その眼差しは力強かった。
「同じ舞台?」
「うん。プロダクションのリハビリでいいから、あなたにも少しだけ、ステージのスポットライトを浴びてほしい。私がそのステージを作る側なら、あなたにも光を浴びる側を体験してほしいの」
その言葉に、俺の胸が熱くなる。これまで裏方として彼女を支えてきた自分が、初めて彼女と同じ高さで輝く機会をもらえるなんて――。
「そんな……俺でいいのか?」
「大和なら絶対、似合うよ。あなたの笑顔をみんなに見せたいんだ」
彩花は控えめに微笑み、アルバムをゆっくり閉じた。その手元には、また新たに書き込まれた文字が見えた。
――「ともに、ステージを見ようね」
それは、幼い頃の“夢の約束”が、今の二人によって次のステップへ昇華された証だった。
夕陽が沈みかけた校舎裏で、二人の距離は完全に埋まったわけではないが、新しい信頼と約束で満たされていく。過去の誤解は解け、これからは同じ光の中を二人並んで歩む。
「ありがとう、彩花」
俺はそっと彼女の手を握り返し、心からの言葉を伝えた。
「これからのステージ、本番以上に輝かせよう」
次回、第5章「ステージライトの向こう側」で、二人が地元凱旋ステージに挑み、未来を誓い合うシーンを描きます。
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