『ステージライトの向こう側』

ブロッコリー

第1話


■ 第1章:再会とプロジェクト抜擢


俺は心臓の音が耳に響くのを感じながら、ステージ袖で身を潜めていた。ライトがまぶしく、フラッシュが無数に飛び交う。そこに立つのは、ずっと憧れていた幼馴染。黒髪を揺らし、整った顔立ちを見せる彩花は、まるで別世界から降り立った存在のようだった。


幼稚園の園庭で、彼女と一緒に砂場で遊んだあの日を思い出す。二人で砂の城を作り、アイドルごっこをしていた。彼女はいつもリーダーで、俺は無邪気な弟分だった。その無邪気さゆえに、俺の気持ちに気づくことはなかった。


高校に入ってからは、照れくささから言葉さえ交わせなくなった。彼女は学園祭のステージで歌い、俺は裏方でポスターを貼る。二人の距離は不思議なほど近くもあり、遠くもあった。


「大和、久しぶりだね!」ステージ裏の急な声に振り向くと、彩花が笑顔で走り寄ってきた。ピンクの髪飾りが揺れて、可憐さを強調している。俺はつい口をつぐんでしまい、返事ができなかった。


「あれ?返事がないけど?」彩花がくすりと笑う。その笑顔に俺の頬は紅潮し、言葉は震えた。「お、おう……久しぶり、だな」


その瞬間、昔の遊びを再現するような気分になり、思わず言ってしまった。「また、砂場で遊ぶってのはどうだ?」彩花は目を丸くして、それから笑いをこらえた。


「大和らしいね。でも、今はちょっと無理かな。今度、プライベートで会おうよ」


その一言は、俺の心を浮き上がらせた。同時に、プレッシャーと期待が胸を締めつける。


その日の夜、電話がかかってきた。学園祭の特別プロジェクトチームに、俺が抜擢されたという内容だ。担当は、彼女のサポートを任せたいとのことだった。


翌朝、会議室に集められたのは、個性豊かなメンバーばかり。現役学生から事務所スタッフ、フリーランスの演出家まで。一見華やかだが、そこには厳しい視線が飛び交っていた。


プロジェクトリーダーの鬼塚は、腕組みをして俺を睨みつける。「広告代理店から来た大和か。ちゃんと仕事を仕上げられるのか?」


俺は深呼吸し、両手を机に置いた。「はい、全力を尽くします」


隣に座る彩花が、小声で耳打ちした。「大和なら大丈夫。信じてるよ」


その励ましの言葉は、俺にとって何よりも心強かった。一斉に照明が煌めくステージを完成させるため、俺は覚悟を決めた。


「よし、まずは脚本と演出の企画書を出してもらう」鬼塚がホワイトボードに指示を書く。メンバー全員がペンを走らせる音だけが響く。


彩花はそっと立ち上がり、俺に向かってウインクした。「一緒に最高のステージにしようね」


俺は小さく頷いた。心臓の高鳴りは、もはや恐怖ではなく、期待と歓喜の鼓動だった。



会議が終わったあと、オフィスの廊下を歩く音がやけに響いた。コーヒーの香りとコピー機の熱気が混ざり合い、まるで試験の前の教室のような緊張感が立ち込めている。デスクに戻ると、大きな窓から差し込む夕日の中に、彩花を思い浮かべた。


幼い頃、彩花が自転車で転んで膝に絆創膏を貼った日のことも覚えている。俺は一緒に泣いて、そっと手を握った。そのとき、彼女は涙を拭いながら「大和がいると安心する」って言ってくれた。今も、その言葉が胸の奥で強く響いていた。


このプロジェクトが成功すれば、彩花と過ごす時間が増えるかもしれない。しかし、芸能界の厳しさは知っている。彼女が仕事と友情の間で悩む姿を、俺は間近で見守る覚悟はあるだろうか。


「なあ、彩花」リハーサル前の控室で、俺は静かに声をかけた。「ここがうまくいったら、また二人きりで話せる時間をくれるか?」


彩花は驚いた顔をした後、優しい笑みを浮かべた。「もちろん。大和がいてくれるだけで、私は心強いよ」


その言葉があれば、どんな困難にも立ち向かえる気がした。ステージの奥深くで、もう一度彼女を輝かせるために、俺は走り続ける。


そして、迎えるステージリハーサル初日。ライトが落ち、スポットライトだけがステージを染め上げる。バックダンサーの足音、マイクチェックの声。すべてが完璧な演出のためのピースだった。


だが、そんな中で機材トラブルが発生し、場内に緊張が走る。俺は手を震わせながら、慌ててトラブルシュートに向かう。彩花の大切な瞬間を台無しにしないために、俺は――。


ステージ袖でモニターを確認すると、ワイヤレスマイクの電波が途切れている。指示書を手に取り、配線のボックスに駆け寄る。汗で手袋が滑りそうになりながらも、集中力を途切れさせずにケーブルを繋ぎ直した。


その瞬間、再びスポットライトが彼女を照らし出す。マイクからはクリアな声が響き、観客席から大きな歓声が上がった。心の底から安堵の息を吐きながら、俺はステージに立つ彩花を見つめた。


「大丈夫だった?」曲の合間に彼女がそっと俺を探し、笑いかける。「ありがとう、大和」その一言が何よりも嬉しかった。


この物語は、幼馴染の友情と恋心が交錯しながら、ステージの上で再び花開く物語。次回、第2章では、二人の距離が新たな事件で試される――。



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