第2話:まおうとゆうしゃ_2


 「実は……その……」

「私は、魔王を【倒す】ために勇者見習いになったのよね?」

「……あぁ」

「で、そのために私強くなったのよね?」

「……その通りじゃ」

「【花嫁】って、何?」

「……そのままの意味じゃ」


 目も合わせず、ミトスの問いに村長は答えた。


「全然! 意味が! わからないのだけれど⁉︎」


 それもそうだ。なんせ、今まで自分が目標としてきたことの、全く正反対と言っても過言ではないことを言われたのだから。それも、冗談でも何でもなく。


「もう……決まったことでの……」


 バツの悪そうに村長は続けた。


「ミトス、お前は、魔王の嫁となる」

「だから何でよ!」

「それで世界が平和になる」

「……どういう意味……?」

「お前を、お前を嫁として差し出すことで、魔王はこの世界の侵略は行わないと言った」

「それってつまり……私は【生贄】ってこと――?」

「……う」


 ……痛いところを突かれた。村長はそんな顔をしている。


 勇者見習いのはずが、魔王の花嫁として生贄に捧げられる。相手が魔王であることには変わりない。しかし、大きな違いがある。世界の敵として憎むべき相手を、愛する相手として受け入れろというのか。


 そんなこと、簡単にできるわけがない。『はい、そうですか、わかりました』なんて、言えるわけがない。


 ――自分に親がいないことはわかっていた。村長に拾われ、この村で育ててもらった恩もある。だから、勇者見習いとして白羽の矢が立った時は、怖くもあったし不安だらけだった。が、この村のためにそれが恩返しになるのならば、と、その気持ちを抑え付けて笑顔で受け入れた。

 今の花嫁としての命も、それと変わらないのかもしれない。自分が嫁に行けば、世界は救われるのだ。


「花嫁……」


 ミトスは考えていた。変わりないはずなのに、自分は、どうしてこんなに悲しくて、どうしてこんなに今心が騒ぐのだろう、と。


 「あぁ、そうか――」とポツリと呟いて、力なくミトスは笑った。


 勇者見習いは、自分に生きる意味を与えられた気がした。花嫁は、花嫁は自分の生きる意味を否定されたような気がしたのだ――。

「お前はもう要らない」と、そんな風に言われた気がして。



「もうすぐ、迎えが来る」

「……迎え」


 もうすぐ迎えが来る、この言葉が、拒否権も何もないことを意味していると、ミトスは酷く落胆した。ただこの運命を受け入れるしか、自分の進む道はない。そう気付いて、ミトスは泣きそうになっていた。


 ――ズズズズズ――ズズズズズズズズズズ――。


「え……な、何……?」


 雲が厚くなり、それまで輝いていた太陽がその姿を隠す。今にも雨が降りそうな空に雷鳴が轟いた。


「きゃっ――!」


 雷が得意ではないのか、ミトスは耳を手で覆いしゃがみこんだ。思わず目も閉じる。バクバクと鳴る心臓の鼓動を感じながら「早く鳴り止んで」と、そう呟いた。


「――何だ、勇者とやらにも、苦手なモノはあるんだな」

「――え?」


 聞き覚えのない声が頭上からした。反射で顔を上げる。


「え……あぁ……」

「初対面の相手に名乗らぬまま指をさすとは、お前は失礼なヤツだな」


 大きく黒い立派な角がニ本、その男には生えていた。深緑色の、光を讃えた綺麗な髪の毛。真っ黒な服に、ところどころ金銀で装飾された刺繍。その男は、明らかに人間ではなかったが、性別関係なく思わず見惚れてしまうほど美しい顔立ちをしていた。


「迎えに来た、花嫁よ」

「は……花嫁……」

「ん? 何だ? 聞いていないのか? オイ、どういうことだ」


 男は村長を睨みつけた。凄みが違う。その身体をドス黒いオーラが纏っているような気さえした。


「い、いえっ! 話はしました! ですので、お好きに連れて行ってください! はい!」


 作り笑いを浮かべながら、村長は何度も小さく頭を下げる。


「本当に、この娘を差し出せば、侵略は行わないのですね……?」

「あぁ。私からはしない。侵略は、な」

「そっか……この男が……魔王……なのね」


 想像していた姿とは違っていた。ミトスは今日の今日まで魔王に会ったことはなかったが、もっと仰々しくて、身体が大きくて、何とも言い難いそんな見た目をしているかと思っていた。所謂化け物と言われるような。何せ【魔物の王】なのだ。勝手にその見た目も王に相応しい見た目なのだと思ってた。完全に、勝手な妄想ではあるが。


 ミトスは少しだけホッとした。この魔王とやらが、せめて人間に近しい姿をしていることに。


「まぁ良い。それでは遠慮なく連れて行くとしよう」


 まだしゃがみこんでいるミトスを横目で見ると、魔王はミトスへと手を伸ばす。


「オイ、いつまでその状態でいるつもりだ。行くぞ」

「ひっ……」

「何を驚く。それで【勇者】になろうとは、随分と腰抜けな勇者ができあがるところだったな」

「なっ……! べ、別に、魔王なんか怖くないんだからね!」


 売り言葉に買い言葉。怖くないわけではない。が、そう鼻で笑われては、見習いとはいえ勇者の名が廃る。そう思ったら、ミトスの口は勝手に反論していた。


「……何でも良い。早く手を出せ」


 差し出されたままになっている魔王の手を、ミトスはおずおずと掴んだ。


「行くぞ」

「わっ!」


 魔王は勇者を引っ張り上げると、そのままヒョイと肩に担ぎあげて、何も無い空を裂きできあがった裂け目へと入っていった。

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