第17話

 海景は月詠への手紙に、結婚の祝福と、幸せそうな写真を見て安心したこと、雪鬼が離れ小島を保護しようと提案してくれたことなどを綴った。

 そして、自分たちはこの島で自立して生きていく決意を伝え、月詠にも自分の人生を精一杯生きるよう励ます。 


 手紙を書き終えた後、海景は雪鬼に手紙を託した。


「月詠様に、この島の人々が幸せに暮らしていることを伝えてください」


 雪鬼は海景の真剣な眼差しに、彼女の強い信念と、守ろうとする島の人々への責任を改めて感じた。

 雪鬼は海景と離れがたかったが、その決意を尊重し、自分だけで鬼島へ戻ることにした。

 内心では無理やり連れて行ってしまいたい気持ちだが、そんなことをしても海景に嫌われるだけだ。


「また、会いに来ます」


 雪鬼は後ろ髪を引かれつつ、船に乗る。

 海景は優しい笑顔で微笑み、雪鬼を見送った。 




 鬼島に帰還した雪鬼は、冬鬼と月詠に海景からの手紙を渡した。

 そして、海景が離れ小島での生活を選んだこと、自身が彼女への愛を告白したこと、そして彼女を守るために鬼島に残り、彼女をサポートしたいという思いを冬鬼に伝えた。


 冬鬼は雪鬼の真摯な言葉に驚く。

 あの女性に興味を一切持たず、仕事の事しか考えないような淡白な男がこうも熱を上げるとはな。

 しかし、雪鬼の表情には女性を愛する幸と、その女性を守りたいという強い意志を感じた。

 冬鬼は雪鬼の成長を感じ、胸がいっぱいである。


「分かった。お前のやりたいようにしろ。ただし、お前が空ける穴は大きすぎる。ちゃんと穴埋めするように」


 そう雪鬼の背中を押した。

 月詠もまた、海景の決断と、雪鬼の愛に心を打たれ、二人の幸せを心から願う。


「雪鬼さん、先生をよろしくおねがいします」


 そう頭を下げた。

 雪鬼は、「はい!」と元気よく挨拶し、すぐに仕事の引き継ぎをするために屯所へ向かった。


「雪鬼さんが先生を好きになるなんて驚きですね。でも、先生は優しくて美人なので仕方ありません」


「そうだな。たしかに人魚にしては背の高い女性だった」


 月詠の言葉に頷く冬鬼だが、海景を見たのは月詠が生死の境を彷徨うような緊迫した場面だったので、よく覚えていない。


「冬鬼様も先生のような女性が本当は好きなんですよね?」


 そう月詠に聞かれ、冬鬼は驚く。


「いや……」


 俺はもっとグラマーな方が好きだ。

 冬鬼は200センチを超える巨体である。

 女性は190センチぐらいが好きだった。

 あと、胸は大きい方が良い。

 しかし、今はどうだろうか。

 想像しても興奮を覚えるとは思えなかった。


 俺は、月詠をどういう風に見ているんだ?


 冬鬼は自分の気持ちが分からず困惑する。

 月詠は可愛らしいが、140センチほどと小柄だ。

 鬼で例えるなら幼女である。

 そんな月詠を女性として見るのは変態なのではないだろうか。

 冬鬼は人魚を可愛がる鬼を見て、幼女趣味の変態だと毛嫌いしていた。

 自分は違う。

 そう思っていたのだが……。


「冬鬼様?」


「あ、いや……」


 黙っている冬鬼を不思議そうに見つめる月詠である。


 冬鬼と月詠は正式に結婚したが、これと言って何か関係が変わったということはなかった。

 寝室ももちろん別である。

 冬鬼は月詠の成長を喜び、彼女がもっと自由に、自分らしく生きられるようサポートしたいと思っている。

 月詠は、人魚島でのつらい日々を乗り越え、鬼島で自分の居場所を見つけたことに感謝し、冬鬼への信頼を深めていった。

 月詠はただ冬鬼を恩師として見ているようである。

 冬鬼も月詠が住みやすいように、つらくないようにと気を遣っている。

 冬鬼にとって、月詠は大事で可愛く、愛おしい存在だ。

 しかし、その愛おしさは恋人としてのそれではなく、庇護欲としての愛おしさだろう。


「俺は月詠のお兄さんだな。多分」


 妹を可愛がる感覚だ。


「お兄さんですか?」


 月詠はきょとんとして冬鬼を見る。

 俺は何を言っているんだ。

 これじゃあ言い訳みたいじゃないか。


「旦那様、蝶鬼様より舞踏会の招待状が届いておりますよ」


 ティーセットと共に、使用人は冬鬼に招待状を持ってきた。

 先日、結婚式を挙げたので、冬鬼の呼び方は旦那様に変更された。


「蝶鬼か。たしか誕生日だったな」


「どなたですか?」


「従兄妹だ」


 冬鬼は招待状を受け取る。


「月詠も一緒に参加しよう。社交ダンスは踊れるか?」


「一応、先生に習いました。こちらでも使用人さんに教えてもらいました」


「そうか、なら安心だな」


 冬鬼は使用人に参加する旨を伝えるように言い、月詠と午後のティータイムを楽しんだ。






 その夜。

 月詠は身体の火照りに目が覚める。


 忘れていたわ……。


 月詠はそっと部屋を抜け出すと、池に向かった。

 今日は満月だ。

 月が綺麗な夜だった。



 冬鬼は何の気なしにバルコニーに出て、ワインを口にしていた。

 不意に池に向かう人影が見える。

 月明かりが照らす人影は月詠だった。


「月詠?」


 こんな真夜中にどうしたのだろう。

 彼女はとうに寝ている時間だ。

 眠れなくて夜風に当たりに出たのだろうか。

 それなら俺に声をかけてくれたら良いのに。


 月詠に声をかけようとした冬鬼は、驚いて声を出すことができなかった。

 月詠は徐に羽織っていた浴衣を脱ぎだしたのだ。


 ど、どうする気なんだ。


 季節はまだ春先、桜が咲いて花見にでも誘おうかと思っていた頃合いだ。

 水浴びするような季節ではない。

 いや、人魚に季節は関係ないのか。

 しかし、人魚は淡水は苦手なはず。

 冬鬼は月詠のためにお風呂には海水を引き入れている。


 どこか体調でも悪いのか?


  意識が朦朧としておかしな行動でもしているのかもしれない。

 冬鬼はすぐにバルコニーから飛び降りると、月詠の場所へ急いだ。

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