【ASMR】終末にひとりぼっちの女の子、ASMR配信で最後のガチ勢を釣る
雪福
【トラック1 荒廃した街を歩き続ける。耳に主の声を聴きながら】
//SE じゃりじゃりという、アスファルトを歩く足音
//SE 乾いた風の音
(両方の音がしばらく続く)
//SE ドアが開く音
//SE 背負っていた荷物を床に下ろす、どさっという音
//SE 耳にごそごそと、なにかを入れる音
//SE 軽いノイズ
(右耳)
「あー、こんにちはー。聞こえてますかー?」
(左耳)
「お昼になりましたよー」
(両耳)
「あ、視聴者数1になった。リスナーさん、海賊回線拾えたみたいですね。コメント送信できる端末は見つかりましたか?」
//SE 水を飲む音
「反応なし……まあいまもきちんと使える携帯端末は、そうそうゲットできないですよね」
「悪い人たちから逃げる途中に端末を落っことして、画面の半分が反応しなくなっちゃった……って理解してるけど、それであってるのかなあ」
//SE スマホ画面を指でたたく音
//SE より強く、スマホ画面を指でたたく音
「でもまあ、リスナーさんは無事だったと信じてます。わたしの配信を聞くくらいはできるみたいですしね」
「いまはどこかの空き家に入って、休憩してこの配信を聞いているんですよね? とりあえず先週に引き続き、今日もわたしが一方的にしゃべりますよー。よいしょ」
(マイクに手がぶつかる)
「ごめんなさい。ミュートし忘れました。いまバイノーラルマイクを、マットレスに置いたところです」
「ささやき声でしゃべるときは、わたしも寝っ転がりながらのほうが楽なので」
//SE マットレスに人が横たわる音
「このバイノーラルマイクって、ほとんどマネキンの頭なんですよ。だからこうやってしゃべってると、リスナーさんと添い寝してるみたいな感じです」
「よかったですね、ヘンタ……特殊な趣味のリスナーさん」
//SE より強く、スマホ画面を指でたたく音
「そういえばリスナーさん。先週の時点で、だいぶこっちに近づいてましたよね」
「いまどの辺りなのかな。もしかしたら……あさってくらいには会えますか?」
(軽いため息)
「さすがにないですよね」
「というか、急いだりしないでくださいね。最近この辺り、変異体の数が増えてますから」
「特に多いのが【ただれる君】……あっ、リスナーさんが住んでるエリアでは、【焼かれた男】って書いて、【バーナード】って読むんでしたっけ。なんか中二病って感じですね」
(くすくす笑い)
「うそうそ。冗談です」
「でもあのドロドロが歩き回ると、そこら中に腐った肉が落ちるので臭いがきついんですよね。おかげで【野ザメ】も集まってくるし」
「あ。集まってくると言えば、ごく最近、人がきた形跡もあったんですよ」
//SE より強く、スマホ画面を指でたたく音
「わたしのお気に入りの、駅ビルの書店なんですけどね」
「本棚がぜんぶ、ドミノみたいに倒されてました。たぶん食料がぜんぜんないから、いらいらして八つ当たりしたんだと思います」
//SE 立ち上がる音
//SE リュックを背負う音
//SE コンクリートを歩く足音
「そういえば『変異体よりも人間のほうが怖い』って、リスナーさんが以前にコメントしてましたね」
//SE じゃりじゃりという、アスファルトを歩く足音
「あ、ごめんなさい。心配させちゃったかも。わたしはぜんぜん平気ですよ。普段はこのシェルターから出ること、ほとんどないですから」
「ここにはまだ、食料もいっぱいあります。一年くらいはもつんじゃないかな。いまは……わたしひとりになりましたし」
//SE 乾いた風の音
「だから、リスナーさん。無理にわたしを捜そうとしないでくださいね。危ないと感じたら、戻ってくださいね」
「たしかに、配信で助けを求めたみたいな感じになりましたけど……」
(消え入りそうな声)
「あれはその……さびしかっただけですから……」
「なんか、恥ずかしくなってきた……話題を変えましょう」
「そういえば、さっき書店の話をしましたよね」
「めったに外に出ないわたしですけど、たまーに冒険します。ひとりぼっちのシェルターは、退屈で死にそうなんで」
「要するに娯楽を求めているわけですけど……ごめんなさい。ちょっと、お水飲みますね」
(水を飲む)
「あー、おいしい。実は貴重なお水、開けちゃったんです。もうすぐリスナーさんに会えるから、前祝い、みたいな感じで」
//SE 少し早まる、アスファルトを歩く足音
「というわけで、今日はわたしとリスナーさんのことを振り返りましょうか。というかさっきの話、どこまで話しましたっけ?」
(再び水を飲む)
「ふう。あ、そうだ。外に出るって話ですね」
「もちろん、外出時は十分に警戒していますよ。もともとわたし、気配を消すのがうまいんです」
(後半、焦ったように)
「なにしろ世界がこうなる前も、友だちから『胸以外の存在感がない』って言われて――いっ、いまのなし! 忘れて! 忘れてください!」
//SE 少し早まる、アスファルトを歩く足音
「あーっ! もう!」」
//SE 枕をたたく音
「……すいません。大きな声を出して。シェルターに反響する自分の声で冷静になりました」
「ここ、壁はコンクリートだし、いるのはわたしだけだしで、すっごく音が響くんですよ……って、そんな話じゃなくて!」
「あの、お願いですから、想像しないでくださいね。別にそんなに大きくありませんから。わたしと会ったときに胸ばかり見ていたら、軽蔑しますよリスナーさん」
(ふう、と軽く息を吐く)
「えっと、わたしとリスナーさんの出会いからですよね。最初は……やっぱり娯楽を求めて、駅ビルをうろうろしてたんです。書店があるので」
「わたし、本が好きなんですよ。ただ意外と本って残ってないんですよね。ほかの生存者が持ち去ったわけじゃなくて、もとから書店には本がなかったみたいです」
「お店の名前は書店でも、置いてあるのは雑貨ばかりなんですよ。キャンプ用品だったり、文房具だったり。ときには食料もあったりして」
「そんな感じで本を求めて書架の引き出しを開けてみたら、これが見つかったんですよ」
(とんとんと、マイクを軽くたたく)
「最初はマネキンの頭だと思ったんですけど、一緒に見つかった『Vライバー特集』のムック本を読んだら、これがマイクだとわかって」
「それから本を読んで、見よう見まねでASMR配信を始めました。もちろん、ただのごっこ遊びのつもりでしたよ」
「なのに視聴者がいきなり『1』になって、わたし死ぬほどびっくりしたんですから」
(ふふっと漏れる笑い声)
「あのときから、リスナーさんとコメントでいっぱいおしゃべりしましたね」
「リスナーさんのコミュニティは、【神戸】にある地下鉄のホームだとか。なんとかってライトがあるから、危険な地上に出なくても野菜を栽培できるとか」
//SE ぶんぶんと、風を切る音
「リスナーさん、いま『うんうん』ってうなずきました? だとしたら、そんなことなかったってわたしは言いたいです」
//SE 足音が止まる
「だってそんな話、わたしが聞いたのはごく最近ですからね」
「リスナーさんはそういう大事な情報より先に、『ASMRは間を意識しろ』とか、『耳ではなく脳に届けろ』とか、わたしの配信にダメ出ししてきましたから」
//SE 再び歩きだす足音
「わたし、落ちこみましたよ。久しぶりにコミュニケーションを取ってくれた人が、どうしようもないヘンタ……特殊な趣味の人だったので」
//SE 足音が止まる
(くすくす笑い)
「まあそれでも、コメントを通じてリスナーさんとおしゃべりするのは楽しかったですけどね」
「たとえ『草』の一文字でも、誰かとつながっているって感覚ってすごく安心できました」
//SE 再び歩きだす足音
「わたしって、基本ネガティブじゃないですか」
「口癖みたいに『ひとりぼっちがつらい』とか、『ほかのコミュニティを探すのはしんどいし怖い』って愚痴を言ったら、ノリだと思いますけど、リスナーさんは『ヘラるな』って厳しくて」
(少し鼻声になって)
「それでわたし、泣いちゃったんですよね」
「そしたらリスナーさん、急におろおろとコメントしてきたんですよね。『泣かないで』って」
「わたし、怒って言いました。『泣かしたのはリスナーさんなんだから、責任取ってなぐさめてください』って」
「そしたら『いまからいく』ですもん。わたしはますます頭にきて、その場で配信を切りましたよね」
(間を置いて、くすくす笑い)
「あのときのわたしは、『リスナーの立場だからって適当なこと言いやがって』って怒ってたんです」
「でもわたしには、そんなリスナーさんでも大事なつながりなんです。だから次の日も、お昼に配信しました」
「そしたらリスナーさん、『配信乙』の挨拶もなしに、第一声が『いま【奈良】』ですもん」
「わたし驚きましたよ。『めちゃめちゃ北上してる!』って。あのときはまだ、リスナーさんの相棒だった自転車が動いてたんですよね」
//SE 足音が止まる
//SE 荷物を足下に下ろす音
//Se ファスナーを開ける音
「だからわたし、謝りました。そして言いました。『危ないからこないで』って」
「そしたらリスナーさん、『危険なのは主だ』なんて言って」
「思わずきゅんとしかけましたが、その後の『おれが主を孤独から救ってやる。いっぱい頭をなでてやる。だからASMRを続けてくれ』ってコメントを見て、シンプルに『キモ』って思いました」
//SE ドローンが飛ぶ音
「でもキモくても、わたしの大事なリスナーさんですからね。だからわたし、がんばってリスナーさんの要望にこたえたでしょう?」
「耳かきしてあげたり、シャンプーしてあげたり」
「わたしのために危険な外を歩いているリスナーさんを、少しでも癒やしてあげたかったんです」
「そういうことをしてる間、わたしはずっと想像してました」
「リスナーさんは、外音取り込み機能のついたイヤホンをして廃墟になった街を歩いているのかな、とか」
「青空の下で緑が生い茂ったビルを見上げながら、わたしの配信を聞いているのかな、とか」
「バールのようなものを手に持って、周囲を警戒しつつも配信は聞き逃さないのかな、とか」
//SE ドローンが飛ぶ音
//SE リュックのファスナーを閉める音
「でもリスナーさん、コメントに書いてましたよね。『俺はASMRを聴きながらじゃないと眠れない体だ』って」
「世界がこうなる前はそういう配信もたくさん聴けたでしょうけど、いまはたぶんわたしだけです」
「だからリスナーさんは、荒れ果てた家具売り場のベッドとかで、わたしの配信を聴いてるのかな、とか」
//SE 再び歩きだす音
「でも今日は、歩きながら聴いてくれているような気がします」
「ときどき安全な場所で立ち止まって、ドローンを飛ばして進行方向の危険を確認したりして」
「それならわたし、ちょっと外に出てみようかな」
//SE 止まる足音
「屋上からドローンの見えるほうにに手を振ったら、リスナーさんからもわたしが見えるかも」
//SE 再び歩きだす、早い足音
「もちろん冗談ですよ。さっき言ったみたいに、この辺りに流れてきた人がいるみたいですからね」
「こんな時代ですから、人間も完全には信用できませんし」
//SE 元のペースに戻る足音
「いまリスナーさん、『なんで自分のことは信用できるのか』って思ったんじゃないですか?」
//SE ぶんぶんと、風を切る音
「それはね……顔を見ているからです」
(右耳)
「わたし、このダミーヘッドのマイクをリスナーさんだと思いながら」
(左耳)
「こうして、ささやいてますから」
「……いま、顔を動かしてるとき、マイクの口の部分にちょっとわたしの唇が触れちゃいました。すっごいドキっとしちゃった」
「というかまだ、ドキドキしてる。これ、心臓の音、聞こえるんじゃないかな……」
//SE 衣擦れの音
(マイクに胸を当て、心音を聞かせる)
「前からリクエストされてましたもんね、心音。どうでした? 聞こえました?」
「でも実際に会ったら、きっともっと、ドキドキしちゃうと思います」
「端末が生きてて最後にコメントもらったのが【三重県の伊勢市】だったから……もうすぐ、会えるんですね……」
(最後で息を呑む)
「あれ、なんかまたドキドキしてきちゃっ――えっ」
「うそ!? 視聴者数が『3』になってる!」
「生存者ですか? コメントください!」
//SE 立ち止まる足音
「『どこにいるの』? 【東京】です。【八王子市】のシェルターからです。わたしひとりぼっちだから、さみしくて配信してます」
「リスナーさん……じゃ、誰かわからないですよね。えっと、新しいリスナーさんの『test』さんは、どこで聴いてますか」
「『シェルターどこ』? ええと、市役所です。入り口にバリケードがありますけど……っていうか、あの、そちらはどこから――」
//SE マイク越しに聞こえる、遠くで金属をたたいような音
「えっ、なんの音?」
「『見つけた』……? うそ! まさか、もうきてるんですか?」
「『test』さん、もう市役所にいるんですか?」
//SE 走り出す足音
「えっ、うそ、どうしよう……怖い……」
//SE 直に聞こえる、金属をたたいような音
「こないで! リスナーさん、助けて!」
//SE 重い鉄扉が開く音
(せまい部屋に反響する悲鳴)
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