12-3
***
翌日は終業式だった。
瑠伊は今日、初めて教室に登校した。
と言ってもクラスが違うので、まだ彼には会えていない。HRが終わってから会いにいくつもりだ。
体育館で校長先生が長い話をした後で「夏休みの間、絶対に死なないでください」と力強く言ったのが印象的だった。小学生の頃から夏休み前にはいつも担任の先生が「死ぬな」と口にしていた。その頃は命を失うということがどういうことなのか、はっきりと理解していなかった。でも、大切な親友を失って、自分も車に轢かれそうになったことで、命の重みを痛感している。
自分の大切な人のためにも、自分の命を守ること。
改めてその重大な任務を思い知り、同時にもうすぐお母さんの実家があるフィンランドへ旅立とうとしている瑠伊のことが気がかりにもなった。
瑠伊は離れても元気でいてくれるかな……。
晴れて恋人同士になった私たちだけれど、すぐに遠距離恋愛になる。不安はもちろんある。瑠伊が心変わりしないかという怖さではなく、瑠伊がちゃんと遠くでも生きてくれるかという不安だ。
無事にHRが終わり、担任が「二学期にまた元気な姿を見せてください」という言葉で締めくくる。初めて教室に登校した瑠伊のもとへ行こうとしたのだが、その前にふとある人物に声をかけた。
「向井さん」
鞄に荷物を詰めていた彼女はぴくりと動きを止めた。
「なに、綿雪さん」
相変わらずつんけんとした物言いだが、彼女が怒っていないことは分かる。彼女はいつも不機嫌そうだから常に怒っているように見えるけれど、本当は心根の優しい女の子であることは私がいちばんよく知っている。
昨日、自分の恋心を抑えて私を瑠伊のもとへと送り出してくれた彼女に、まだお礼を伝えられていなかった。
「昨日、あの後瑠伊とちゃんと話せたよ。それで……気持ちを、伝えられた」
向井さんの瞳がそっと揺らぐ。傷ついたような、切ないような表情を浮かべたけれど、すぐにまた元の真顔に戻った。
「そう。良かったね、おめでとう」
あまり感情がこもっていない声だったけれど、彼女が私に心を許してくれているということは十分に分かった。
「ありがとう。向井さんが背中を押してくれたおかげだよ」
「いや、私は嫌味を伝えただけなんだけど?」
あまりにも素直じゃないその言葉がおかしくて、思わずぷっと吹き出した。
「何笑ってんの」
「いや、素直じゃないなと思って」
「私は、好きな人の前でしか素直にならないって決めてるの」
「そうなんだ。じゃあ残念だな。私、向井さんと友達になりたいと思ったのに」
恋敵である私のほうから「友達になりたい」だなんて言っても受け入れてくれるか分からなかったけれど、彼女と仲良くなりたいという気持ちは本物だった。
だから伝えた。
友達なんて、もう一生つくらないと思っていた私がクラスメイトに——しかも、元々自分にいじわるを言ってきた彼女に「友達になりたい」と伝えるなんて思ってもみなかったけど。
でも、いま心に感じているこの気持ちには正直になりたい。
向井さんは目を丸くして、私をじっと見つめる。少し迷った素ぶりを見せた後、ふっと息を吐いた。
「……いいよ。友達になっても」
「え、ほんと!?」
今度は私のほうが驚いて、前のめりに彼女に身を寄せた。「近いって」とぷいっと顔を逸らした向井さんだったけれど、彼女の頬はほんのり赤く染まっていた。
「びっくりしたー。好きな人の前でしか素直にならないんじゃなかったの?」
「あなたのこと、好きになったからよ」
まさかの答えに一瞬思考が停止する。
そうか。好きな人って、何も恋をしている相手というだけじゃないのか。
私は、今日新たに友達になった彼女の姿をまじまじと見つめる。ショートカットの黒髪がいつもよりも艶めいているように見えた。
「友達になれて嬉しい。これからよろしくね、向井さん——澪」
「うん。こっちこそよろしく、夕映」
新しい友達。
もう二度と友達なんてつくらないと塞ぎ込んでいた日々が嘘のようだ。
あの頃の自分に教えてあげたい。
優奈を失って沈んでいた自分に、友達をつくるのは怖くないよって。
未来は無限に広がっていて、たった一つの未来を選び取るのは怖いけれど、心を許した誰かと一緒なら、大丈夫だって。
今なら自信を持って言えると思った。
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