第七章 彼だけを救って

7-1

 本格的な暑さが日本全体を覆い尽くす七月がやってきた。

 期末テストが終わってからちょうど一週間。七月四日の四時間目にはすべてのテストの結果が返却された。


「十教科で880点……? 嘘でしょ」


 昼休み、返ってきた自分のテストの点数を合計して絶句する。前回のテストとは比べものにならない点数が取れていた。前回の中間テストは754点だった。それなのに、今回は全教科で平均88点も取れている。高校のテストでこれだけ取れていたら、きっと両親だって褒めてくれるだろう。


「なんでこんなに点数上がったんだっけ……」

 

 じっと手元の解答用紙を見つめながら、心の中は疑問だらけだった。

 テスト返却の際、90点を超えている科目の先生から「頑張ったな」と褒めてもらったけれど、心当たりのない私は、感情が置いてきぼりにされたまま「は、はい」と曖昧に頷くので精一杯だった。

 テスト勉強は確かにした……と思う。

 でも、部屋の机に向かっていた記憶がない。それどころか、他のどこにも、テスト勉強をした記憶がなかった。

 考えれば考えるほど不可解すぎる現象に、こめかみがピキリと疼く。

 ああ、そうか……。


「また、忘れちゃったんだ……」


 テスト勉強をした記憶が、頭から抜け落ちていた。

 一人でしたのか、誰かと一緒にしたのかすら分からない。もし誰かと一緒に勉強をしたのだとすれば、それは瑠伊以外にはありえない。だけど、もし仮に瑠伊と勉強をしていたとして、こんなにもたくさんの記憶を一度に忘れるだろうか。テスト勉強は数日にわたってやっていたはずだから、そのすべての記憶がなくなっていることがあまりにも衝撃的すぎた。


 もしかして、記憶を失うスピードが速くなってる……?

 

 あまり考えたくないことだけど、そうとしか考えられない。

 認めてしまった瞬間、頭に鋭い痛みが駆け抜ける。今度は鋭利な刃物を突きつけられたかのような尖った痛みだった。

 その刹那、いつものように未来のビジョンが流れ出した。



『綿雪さん、急に点数伸びすぎじゃない? カンニング疑惑あるよね』

『うわー、それはやばい。おとなしい子だと思ってたのにそんなことするんだ』

『私、綿雪さんがテスト中にスマホいじってるの見たよ』

『確じゃん』



 場面が切り替わる。



 今度は私が、一年三組の教室の扉の前で立ち尽くす画が浮かぶ。

(教室に入るの、怖いな……)

 心の中でつぶやくと、胸に苦い気持ちが広がるのを感じた。実際にいま感じている気持ちではないはずなのに、未来の映像を見るだけで手に汗が滲む。



 さらに映像が変わる。



『瑠伊のことが好き、です』


 放課後だろうか。西日差す真白湖のほとりで、瑠伊に気持ちを伝える自分がいた。

 瑠伊は驚いたような、困惑したような表情を同時に浮かべる。カラスの群れが頭上を飛び去り、気まずい沈黙が流れたあと、薄く唇を開く。


『ごめん。俺、夕映のことは同志だと思ってたんだ。だからそういう感情は、ないよ』


 あまりにもはっきりとした断り文句に、その場で刺されたかのように瞬きすら止めて絶句する私。鋭い痛みに目が眩む。同時に未来の映像もそこでプツンと途切れた。



「今のは……」


 たくさんの映像が一度に流れ込んできて、頭の中がショートしてしまったように茫然自失状態に陥った。

 こんなことは初めてだ。これまでは、一日に一つ、記憶を失っているかどうかだったので、未来の記憶を見るのも多くて一日一回だった。だけど、今日は違う。テスト勉強をしていた時の記憶が一気になくなって、代わりに未来の記憶もどっとさざなみのように押し寄せてきた。波打ち際に立ち尽くす私は、波に足を攫われそうになる。その場で膝から崩れ落ちていく感覚に陥って、めまいがした。

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