4-4
「ごめんね」
私がそうつぶやいたとき、隣に座っていた瑠伊と、そのまた隣にいたおばさんの肩がピクンと揺れるのが視界の端に映り込んだ。
「ごめんね、優奈……私のせいだねっ……。私がお揃いのブレスレットなんかあげたから……。私があの時、家に戻っちゃダメだって、もっと強く言わなかったから……」
堰を切ったように溢れ出した言葉は、止まらなかった。
こんなこと、今更言ったって仕方がないことぐらい分かっている。でも、避難所で『ブレスレットなんかのために』と呪詛のようにつぶやいて苦しんでいたおばさんの姿を思い出すと、どうしても、優奈が死んだのは自分のせいだと思ってしまう。それから、未来の記憶で、『優奈が死んだのは、夕映ちゃんのせいだわ』とおばさんが吐き捨てた時の恨めしげな表情もフラッシュっバックして、余計息をするのが苦しくなった。
今までも、今も、私がいなければ優奈は生きていたんじゃないかって、ずっと自分を責めて——。
「夕映」
泣きじゃくる私の肩に手を添えてくれたのは、瑠伊だった。
「夕映のせいじゃない」
はっきりと、ここにいる全員に言い聞かせるようにして響かせたその言葉に、はっと顔を上げたのは私だけじゃなかった。
おばさんもおじさんも、涼真くんまで、食い入るようにして瑠伊を見つめている。優奈とは会ったこともない、赤の他人の瑠伊のことを。おばさんに、殴りかかられるじゃないかって、一瞬目を瞑った。けれど、私の想像のようには事は運ばず、おばさんは「夕映ちゃんは……」と瑠伊の言葉に被せるようにして口を開く。
「何も悪くないわ。ごめんなさい。私、優奈が亡くなったとき、どうしても苦しくて、優奈の死を誰かのせいにしないと、どうかしてしまいそうで……。それで、夕映ちゃんが買ってくれたブレスレットのせいだなんて、心にもないことを言ってしまって……。あの時の言葉を、夕映ちゃんは聞いていたのよね。ずっと後悔していたの。どうして夕映ちゃんが聞いているかもしれない場所で、あんなことを言ってしまったのか……。だから本当に、ごめんなさい」
おばさんが、ずっと抱えていた想いを吐き出すように、しゅんと肩を落として言った。
「いえ……、私のほうこそ、取り乱してすみません。おばさんとおじさんと涼真くんが、私のことを恨んでるんじゃないかって思ってたから」
だけど、それは誤解だった。
確かにおばさんは、優奈が亡くなった直後に、私が渡したブレスレットのことを恨んだかもしれない。けれど、大切な娘が亡くなった後で誰かのせいにしたかったという彼女の気持ちが痛いほどよく分かった。
「そうよね。そう思うわよね。本当にごめんなさいね。私たち、夕映ちゃんのことちっとも恨んでないわ。むしろ、感謝してるぐらい」
「感謝?」
意外な言葉に思わず耳を傾ける。
「ええ。生前、優奈と仲良くしてくれたこと。今日もこうして優奈に会いに来てくれたこと。夕映ちゃんぐらいなの。優奈も生きていた頃ね、毎日のように夕映ちゃんの話をしていたわ。だからきっと今も喜んでるはず」
おばさんが、優奈の遺影にそっと触れて撫でる。愛し子を見つめる時の優しいまなざしをしていた。
「優奈と友達でいてくれて、本当にありがとうね」
おばさんと、それからおじさんが一緒に頭を下げてきた。恐縮すぎて、「そんな」と声が漏れる。
「私はただ……優奈のことが好きだったんです。いつも、明るくて友達想いな優奈のこと、尊敬していました。だから、私のほうが感謝してますし、いなくなって寂しいです。あの、私」
そこで大きく息を吸う。
「またここに、優奈に会いに来てもいいですか……?」
怖かった。ここに来るまでずっと。優奈の家族に、なんと思われているのが怖くて、記憶のこともあって臆病になっていた。
でも、我が子を見るようなやわらかな視線を注いでくれる二人に、もう怖いなんて思わない。
「ええ、もちろんよ。会いに来てくれて——いや、生きてくれてありがとう。夕映ちゃん」
生きてくれてありがとう。
今まで、自分の両親ぐらいにしか言われたことのなかった言葉を、この人たちは、娘の友達である私に伝えてくれた。
胸の奥がじわりと熱くなる。ドキドキという心拍音が、破裂しそうなほどうるさい。けれど、嫌な感じではなかった。
ふと隣を見ると、全然関係ないはずの瑠伊がグスッと鼻水を啜り、目元を拭っているのを見てぎょっとする。
「る、瑠伊……? 大丈夫?」
慌てて彼に聞いた。瑠伊は「こんなのずりぃぞ……」と濁声でつぶやいた。
「なんか、夕映の気持ちとか、優奈ちゃんとおばさんたちの気持ちがよく分かって……俺、なんかもうだめかも」
その情けないほど萎れた声に、その場にいた全員がぷっと吹き出した。
瑠伊。本当に、きみって人はもう。
出会ったばかりの私と、出会ったことのない優奈のことをそこまで考えて、涙してくれるなんて。どれだけいいやつなのよ。
その日、優奈とおばさんとおじさんに別れを告げた私は、帰りの新幹線の中で爆睡し始めた瑠伊の耳元で、「ありがとう」とそっと囁いた。
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