4-2
「夕映は自分が苦しいことを、もっと自分で認めてもいいんじゃないか。じゃないと、夕映がかわいそうだ」
夕映がかわいそうだ。
初めて他人から、そんなことを言われた。
優奈が亡くなった後、なんとなく両親から憐れまれていることは感じていたけれど、赤の他人のはずの彼から、そんなふうに思われるなんて。
驚きと同時に胸をじわりと襲ったのは、寂しい、という気持ちだった。
自分の本音を封じ込めて、本当は寂しくてつらかった。大丈夫だと思い込むことで、自分を守ろうとしたんだけど……。私の気持ちがどこか遠くへ飛んでいくようで、返って苦しくなっていた。
その気持ちに気づかせてくれたのは、出会って間もない男の子。
「……そうだね。うん、苦しいよ」
認めてあげれば、この病気に対して憎々しく思う気持ちがするすると湧き上がってくる。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
私はただ、大好きな人と、この先も楽しく生きていきたかっただけなのに。
「苦しいよな、やっぱり。あのさ……いま夕映が見た未来に行きつかないように、回避する方法を考えようよ」
「回避する……方法」
「ああ。たとえばさ、いちばん簡単な方法で言えば、そもそも弔問に行かなければいいんじゃないか? 優奈ちゃんのお母さんに会いさえしなければ、責められることもないはずだろ」
瑠伊の提案は的を射ていた。だからこそ、瑠伊の言葉に納得さえられたし、できればそうしたいと思う。
嫌な未来から目を逸らしたければ、いくらでも逸らす方法があるということぐらい分かってるんだ。
でも……本当にそれでいいんだろうか。
逃げるだけで、何かが変わるのかな。逃げ続けて、この病気は良くなるのかな。
「確かにそうだね。瑠伊の言う通りだと思う。でも」
そこで一度、数学の問題に視線を落とす。
解き方を忘れた問題に向き合うためには、また一から、過去をやり直さないといけない。
それと同じように、これから訪れる未来と向き合うには、自分で未来の選択と向き合わなくちゃいけないのかもしれない。
「私は、優奈を弔いに行きたいんだ。おばさんから責められるのは怖いし、きっと足がすくんでしまうけど……でも、優奈は大切な友達だから」
瑠伊の目が、より一層大きく見開かれる。何度も瞬きを繰り返して、ようやく「そうか」と泣き笑いのような表情を浮かべた。
「ごめん夕映。俺、夕映のこと見誤ってた。そうだよな。大事な友達だもんな。じゃあさ、優奈ちゃんを弔いに行くの、俺もついていっていい?」
「え……?」
今度は私が驚く番だった。紺碧色の瞳が大きく揺れる。
「夕映がつらいとき、そばにいたいと思った。だから……俺じゃ、頼りないかもしれないけど、一緒に行きたい」
「瑠伊……うん、ありがとう」
口では強がっていたけれど本当は、一人で優奈の元に行くのがとても怖かった。だから瑠伊がついてきてくれると言ってくれて、心の底から安心した。
「でもいいの? 瑠伊にとって、優奈はまったく知らない赤の他人でしょ? それなのに貴重な時間を奪っちゃって」
「もちろん。優奈ちゃんがいなかったら、きっと俺たちは出会えてなかったし。俺にとってももう友達みたいなもんだ」
「会ったことないのに?」
「俺たちだって最初、会ったことなかっただろ。でも友達みたいだって思ってたじゃん」
「……たしかに」
瑠伊の言葉に、ふむと頷く。
そうだ、そうだよ。私たちだって、顔の見えない友達だった。だから、いいんだ。友達と呼ぶのに、見えない垣根なんかとっぱらってしまっても。
瑠伊の気遣いに感謝しながら、その後は彼から、忘れてしまった問題の解き方を教えてもらう。相変わらず瑠伊の教え方は上手くて、学校の先生じゃなくて、瑠伊から初めて習って良かったかも、と初めて記憶障害にちょっぴり感謝した。
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