カラスの目

をはち

第1話

戦時中、ある少年がいた。


彼はカラスとの静かな友情を結んでいた。


ひもじいのは鳥も人間も変わらんからね――そう呟き、気まぐれに


痩せこけたカラスにパンの欠片を分け与えたことがきっかけであった。


カラスは鋭い目で少年を見つめると、かすかに首を傾けた。


それ以来、少年とカラスは、言葉を交わすことは無くとも、心で通じ合う仲になった。




空襲の日、焼夷弾が町を飲み込んだ。


炎と煙の中、少年は逃げ惑う人々の叫びを聞きながら、


自らの顔に火傷を負うも、その痛みすら感じる余裕も無く、炎の中を必死に駆けた。


やがて、皮膚を焦し、肉が爛れる異臭が漂い始めた。


煙が視界を奪い、熱に焼かれる中、少年の足が止まった。


視界の端々から炎の指がのぞく。熱と煙に意識が薄れ、炎が手招きしているように見えた。


もうダメだと考える余裕も無かった。少年の思考は完全に止まった。



その時、カァーーっと、鋭い声が響くと、同時に何かが少年の頭を小突いた。


小さな痛みに、我を取り戻した少年は、カッカッカッと、独特の警戒音を嘴から放つ


一羽のカラスを足下にみとめた。目が合った瞬間、カラスは空に飛び立ち、その大きな声を響かせた。


炎を避けるように、カラスの鋭い声は彼を導いた。燃え盛る路地を抜け、少年は命からがら生き延びた。


顔半分に刻まれた火傷の痕は、その夜の記憶とともに彼の人生に焼き付いた。




時は流れ、戦後の町は復興を遂げた。


少年は老人となり、焼け野原だった場所はビルと商店街に変わった。


時代に置き去られた彼は、廃品の山とカラスたちに囲まれ、細々と息をしていた。


変わらないのは顔の傷と、カラスたちとの絆だけだった。


庭に積まれた廃品の山はカラスたちの棲家となり、黒い羽が風に舞う不気味な風景を作り出していた。


老人はカラスたちと穏やかに過ごした。


ゴミの中から拾った小さな鏡を手に、彼は時折自分の顔を見つめた。


傷は醜いと思わなかった。それは生き延びた証だった。


近隣の住民たちは廃品の山を疎み、ついには区議までが立退きを口にするようになった。


数年前に、隣に引っ越してきた区議など、口を開けば立退きの話ばかりだ。


こちらの気持を何一つ聞こうとしない――老人は独り深い溜息をつくのであった。

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