第2話
六年前、美咲はしつこいストーカーに付きまとわれていた。
その男とは前にコンビニで会ったことがあるだけだった。
大学二年生の秋の終わりごろから帰り道で変な人に付きまとわれていると母親に相談した。
美咲はほぼ毎日後を付けられ、そのうち写真を撮られたと言い不眠症になった。
友人が一緒にいるときは大丈夫だったが、一人になると帰りに待ち伏せをされた。
ある日、ニコニコと近づいてきて話しかけられ、お茶でも飲みに行こうと誘われた。
何度断っても嫌がっても自分の都合のいいように受け取られて話が全く通じなかった。
相手には美咲の家もすでに知られていた。
警察にも相談に行ったし、陽太も兄として美咲を守るために父と協力して交代で大学への送迎をした。
陽太は会社に事情を話して仕事量を減らしてもらい、できる限り出勤の時間もずらした。
母も家での生活にかなりの神経を使った。
美咲を一人で留守番させないようにパートをやめて、買い物の時間や用事は美咲が大学に行っている間に済ませた。
美咲は送迎したとしても玄関から一歩も外に出られない日もあった。
着替えて支度をするものの、怖くて身体が外へ出ることを拒否してしまい玄関に座り込んで泣いてしまうのだった。
家族で毎日怯える美咲を守る努力をしていた。
コンビニで会っただけのその男はレジ前で落とした商品を後ろに並んでいた美咲に拾ってもらったことから美咲に好意を抱くようになったらしい。
どうしたら自分の好意が伝わるだろうとそのことしか考えられなくなった。
わざと美咲がコンビニに来る時間に合わせて自分も立ち寄るようにした。
美咲のすべてを知りたくなって、大学も自宅も友人関係も調べた。
美咲に微笑みかけると目をそらすし、話しかけると人前だからか恥ずかしそうに首を横に振る。
照れているのだと思ってそんな姿にも好意は拍車をかけた。
が、ある日急に迷惑禁止条例を言い渡された。
こんなに好きなのに報われない、伝わらない、美咲に会いたいのに会いに行けない。
なぜだなぜだと気が狂うようにスマホの中の美咲に執着した。
そんなある日、ストーカーの犯人は自らの命を絶った。
仕事を無断欠勤した男性が1週間ほど後に職場の裏山で発見された。
夏の暑さでかなり傷んだ表現しがたい姿で木にぶら下がっていて、遺体とその足元にはおびただしい数の虫たちが群がっていたそうだ。
それは美咲が大学三年生になった夏休みのことだった。
近所や地域で話題になってしまい一部のメディアの報道もあり、美咲は『あのストーカーが追いかけていた女の子』と認識されるようになってしまった。
美咲は自分がストーキングされていたにもかかわらず、人が死んだのは自分のせいだとショックを受け、また同時に周囲に責められているように感じてしまっていた。
ストーキングされる恐怖からは解放されたが、自分が周囲に相談したり警察に話したりしたからあの人は亡くなってしまったのだと思い込み、罪悪感と人の死に泣き、どうしたらよかったのか分からず不安定になり、思い出してはまた泣いていた。
後期が始まってからは周囲からの視線と、その話題が出ることが怖くなって外出できなくなってしまい、精神的に耐えられなくなりしばらく大学の授業を休んだ。
その後は鬱になり、今までのような日常生活を過ごすことはできなくなってしまった。
見かねた父が家族に引っ越しの相談をした。
今より自然が豊かなところで大学に通うにはやはり父と陽太の送迎が必要だった。
行こうと思えば、美咲が立ち直りさえすれば自分一人で通えなくもない場所だった。
最初は新しい土地へ行くのを不安がっていた美咲だったが、何度か家族と新しい生活の場所を訪れて気に入り、ゆっくりと自分の生活のペースを作ることができた。
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