第30話
ガタンゴトン……ガタンゴトン……と鳴る音に合わせて車体が揺れる。
隣に座る如月が、不意に吹かれた汽笛に驚きビクッと肩を震わせた。
「緊張してるか?」
「むしろ緊張してないように見えます?」
「まぁ……見えねーな」
11月最初の金曜日。
世間一般ではなんでもない、ただの平日の午前10時過ぎ。俺と如月はそれぞれの学校に行かず、久しく利用してなかった電車に乗っていた。
緩やかに、されど刻々と冬へと向かう季節はすっかりと肌寒く、俺は右肩から左腰にかけて袈裟掛けしたボディバッグのみという手軽な荷物の反面、ロングTシャツの上からパーカーを羽織り、しっかり防寒対策を取っていた。
大して如月の方は、いつもと見慣れた高校の制服。
制服移行期間も終わり、ブレザーにチェックの膝上スカート。持ち物は普段使いしているスクールバッグではなく、トートバッグだけ。
「今、めっちゃ集中してるんですから邪魔しないでください。えっと……複合関係詞の訳は――――」
そう無感情に、あるいは苛立ち混じりの声色で突っ張ねると、如月は再び膝に乗せていた参考書との睨めっこを再開する。
今日は彼女の最初の受験日。
滑り止め……にしては第一志望より偏差値は上で、どちらかというと“受験”とはどういうモノか知り、本命のために馴れるべく受けたのだが、如月のヤツ。相当肩に力が入っているようだ。
「こりゃ付いて来て正解だったな」
「…………」
期待はしてなかったが、予想通り俺の呟きに
**********
降りたのは県で最も大きな市。
JR駅から降りて徒歩10強のところにある多目的ホール。その一区間が今回の試験会場だ。
「家でも話したが、たぶん
「あ……ぁ……まって……」
「俺は終わるまでそこからで時間潰しとくから、終わったら電話でもラインでも入れて――――」
「まってまって、余計なこと言わないでください。零れちゃいますっ」
そう言った如月は両手で頭を抱えて目をかっぴらいていた。呼吸は荒く、興奮……というより目に見えて焦燥していた。
緊張のレベル越えてんな。
普段の小悪魔的な表情を取り繕う余裕はなく、物理的に知識が零れ落ちるなんてことはないのに、頭を抱える仕草が年相応に子どもらしく可愛く思えた俺は、少し性格が悪いのかもしれない。
と、性格の悪さを自覚できたついでに、もう少し悪くなってみるか。
やや先導する形で歩いていた俺は、歩調を如月に合わせて横並びになると、彼女に気付かれぬよう開いた手を振りかぶり――――。
――――――――ボフンッ!
「ひやッ!?」
闘魂注入! 如月の肩に平手打ちを放った。
厚手のブレザーが衝撃を吸収し、音こそググもったが、いきなり背中を叩かれた如月は、まるで心臓が飛び出たかのような驚嘆の反応を見せてくれた。
「ななな、何するんですか! このバカ! センパイのバカ! 最後の追い込みしてるのにふざけて……今ので全部抜け落ちたじゃないですか!」
「はいはい。そりゃ良かったよ」
「何が“良かったよ”ですか! 私は――――」
「ほれっ、食べとけ」
怒りを露わにして捲し立てる如月。
おぉ……どうどう。
既に俺たちは会場前に到着しており、周りにはチラホラ受験者らしき学生の姿が見せる中。上っ面ではなく本音で怒鳴りつけてくる後輩に新鮮味を感じながら、俺はポケットから1口サイズのチョコを差し出した。
「甘いモノ食べて、まずはリラックス。噛み砕かず口の中で舐め溶かして、しっかり甘さを感じろ。で、食べ終えるまで俺の話を聞け」
包装紙から台形型のチョコを剥き身で彼女の掌に落としてやることで、“食べる”という選択肢以外を奪う。
例え過程や要因が異なろうと、こちらの言った通りにさせると、
鳩が豆鉄砲を食らったかのように、きょとんとした顔をした如月から視線を外さず、気持ちはメンタリストになり切って俺は言の葉を紡いだ。
「良いか? 時間ギリギリまで復習するのは良い。けど新しいことを無理矢理詰め込もうとするな」
「で、でもそれで知らない事の問題出てきたら……」
「それはもう仕方ないで割り切れ」
1問とて無駄にできない、大事なテストの問題を捨てろ。
無茶を言う俺に如月は声には出さずとも、目で驚きと疑いを訴えてくる。
「たしかに集中すれば数時間か……今日1日くらいなら覚えてられるだろうよ。でもその出るとも知らん単語、文法1つ覚えとくのに、今まで積み重ねてきた知識を捨てるのは勿体無いだろ」
“集中”ってのは特定の箇所に意識を集める事。それは見方を変えると、定めたこと以外を“疎かににする”ともいえる。
一夜漬けのようにちょっとした事を覚えとくのは簡単だ。定期的に頭ん中で思い出して、数秒間反芻すれば良いんだから。
けど、ソレを思い出すという工程にどれだけの時間とエネルギーを浪費するのか。せっかく定着した知識とも相容れず、中途半端に終わるのが関の山だ。
「だからまぁ、参考書とかは覚えてるところを軽く流し見する程度にして、リラックスだ」
言われて簡単にできることではないのはわかるが、そういうしかない。
「そう心配して焦んな。それでも不安なら、お前が受験勉強しっかり頑張って来たことを知ってる俺を信じろ」
「センパイ……」
「わからんところ多かったら、俺が教えたりなかったことにしてくれりゃいい」
実際、その時は俺の所為であることには変わりないからな。
内心でそう零しながらも、俺は口端を上げ我ながらぎこちない笑顔を作った。
すると最初こそ、不安で揺れていた如月の黒瞳に生気が宿っていくのが、見て取れた。
見るからに肩でしていた呼吸は落ち着き、表情に柔和さが蘇っていく。
「…………今のセリフはちょっと臭いです」
「うっせぇ」
自分でも思ったよ!
でも、とりあえず如月の緊張をほぐすという目的は達成できたようでなにより。
「せっかく遠出してんだ。帰りに美味いもんでも食ってこうぜ」
「良いですね! もちろんセンパイの驕りですよね」
「はいはい……。ならしっかりテスト頑張って来いよ」
なんて軽口のキャッチボールも程々に、ふと俺たちの会話は途絶える。
それは示し合わせたわけでもなく、なにかアクシデントが起きたわけでもない。
――――もう十分です。
そんな言葉を彼女の双眸から、言外の言葉で伝えられた気がした。
「行ってきます」
「おう、頑張ってこい」
不敵で挑戦的な笑みを称えた如月の背中が見えなくなるまで、俺はその場で彼女を見送り続けた。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
非常に励みになります!
現在、本作はカクヨムコン11に参加中。よろしければ評価のほどして頂ければ、狂喜乱舞します。
明日は19時40分ごろに投稿予定です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます