第28話 



「ただいま帰りましたー……」


 長く続いていた夏の暑さがようやく落ち着き始め、外を出歩くのが快適になってきた10月の半ば。

 すっかりと陽が沈み、夜の帳が降りきった午後8時前に如月が高校から帰って来た。


「お帰り、遅かったな。どっか寄ってたのか?」


 今年、我が母校サッカー部は夏のインターハイを予選で敗退したらしい。

 そのため3年はマネージャーを含めて全員引退しているので、授業だけで高校は終わる。順当に考えるなら、受験勉強の息抜きに友達と遊んできたってところだろう。


 別に良いんだけどさ? 遅くなるならラインの1つでも寄越して欲しかったな! と親みたいな小言を零しかけたのだが、言葉にする寸前ではばかられた。

 どこか如月の様子が変だ。

 覇気がないというか……どんよりとしている。


 制服移行期間ではあるらしいが、ブレザーに袖を通すには暑すぎるという後輩は、シャツの上から淡いクリーム色の袖なしセーターを被った姿のまま、幽鬼の如き足取りで迷わずベットへとダイブした。

 何かあったのだろうか……。

 俯きになって枕に顔を伏せているため、表情はわからない。とりあえず気になった事を言ってみよう。


「スカートの中、見えそうだぞ」

「…………変態」


 どうやら俺が拒絶されているわけではないらしい。

 平時でも時折太腿がチラリしてしまうほど短いスカートを、如月は無造作に抑えてパンチら防止をする。しかし抑え込んだせいで今度はヒップラインがくっきりと露わになる。指摘したらどうなるかな……。

 熟考の結果、俺は紳士として見なかったことにした。


「どうしたんだ?」

「…………聞いてくれます?」


 頭を回してチラッとこちらに目配せする如月。ジト目とツンと突き出された唇から彼女が現在、不機嫌であることが予測される。


「お、おう」


 NOと答えることはできず了承すると、その言葉を待っていたと言わんばかりに如月が飛び起きた。


「聞いて下さいよ! 来月文化祭あるんですけど、私のクラスぜんっぜん……準備進んでなくて!」

「そういえばもうそんな時期か」


 ウチの高校の文化祭は毎年11月の半ばに行われる。普通の公立校故、テレビで見るようなキラキラな学園祭! とは似ても似つかぬが、生徒やPTAが出店し、最後はグラウンドでキャンプファイヤーを囲む、ほどほどに大きなイベントである。1ヶ月と少し先なので、そろそろ動き出していてもおかしくない時期だ。

 

「3年は受験もあるから、夏休み明けから動き出そうって話をしてて、かなり早い段階から出し物は決まってたんです」

「へぇ……やるな。イベント事って最初の企画決めるところが1番垂れるだろ」

「そう。9月には出し物決めて、先週から看板とか小道具作りとか色々始めたんですよ…………なのに」

「なのに?」

「なのに…………なのに、なのに……………あの、女子共!」


 怒号と共に如月は、抱いていた枕を自らの太腿へと叩きつけて、怒りを露わにした。


「“あっちの方が良くない?” “3組はこんな凄いことするらしい?” 最終的には“自分たちは用事あるから用意任せた”って…………まとめ役の私の身にもなりなさいよ!」


 どうやら一部のクラスメイトが怠けているせいで、まとめ役の如月が割を食わされているらしい。

 しかも聞いた限りだと、準備をバックレている連中はダメだしは一丁前にする癖に、自分たちは何もしない1番たちの悪いタイプ。 

 何もしないならまだ良い。いや、よくはないが。

 毒にも薬にもならない連中は役割を与えれば、簡単な作業くらいはやってくれるし、極論最初からいないモノと考えておけば負担にならない。

 

 けど現在、如月の目の上のたんこぶになっているのは手伝おうとせずに、口先だけ動かして、仲間の士気を下げる最も面倒臭い類の人間だ。


 如月のようにストレス耐性がある生徒にならまだしも、他のクラスメイトにまでダメ出しをしてくるそうで、たまったもんじゃない。

 そんな女子たちへの怨嗟を呪詛の如く、吐き出し続ける如月が、不意にそのジト目から放たれる不機嫌な視線を俺に向けた。


「ちょっとセンパイ……何笑ってるんですか? 可愛い後輩が本気で悩んでる時に嬉しそうにするなんて、サディスト《S》アピールするにしても時と場合を考えてください」

「え? 俺、笑ってたか……?」


 言われて自分の口元に手を当ててみると……たしかに口角が吊り上がっていた。

 

「何です? この期に及んで無自覚属性まで――――」

「待て待て待て。そういうんじゃねぇから……」

「でも笑ってるじゃないですかっ」

「うっ……」


 ぐうの音も出ない。

 たしかに状況証拠だけ見ると不機嫌な如月を見て笑ってる、性格の悪い奴に見える。

 だが誓って俺はそんな屑な人間ではない。

 じゃあ何故……人前ではいつも人懐っこい笑顔を振りまいている如月が、仏頂面で愚痴を言っていることを俺は笑って――――。


「あぁ、そういうことか」


 と、現状を整理すると答えがスッと頭の中に現れた。

 けど見方に寄っちゃ、これはたしかに性格が悪いと取られても反論できないな……。

 自虐的にほくそ笑んだ俺は、今にも視線で刺殺しかねない目をした後輩に答え合わせをする。


「久しぶりにお前のそんな顔見て懐かしく思っちまったんだ」

「それってどういう……」


 思い返せば、この夏に如月がウチに押しかけてからは見てなかった、その表情かお

 そも、うだつが上がらない2軍部員の俺と、男子諸君の注目の的だった如月が、どうしてここまで仲を深めるようになったのか。それが答えだ。


「いや、うちに来てから如月、その本性? というか、誰かの愚痴とかいってなかったじゃん。だから久しぶりにお前が他人ひとの愚痴言ってて安心したんだよ」

「な、なんですかソレ!? それじゃまるで私が性格悪いみたいじゃないですか!」

「少なくとも良い奴は計算でキャラ作って立ち回らないだろ」

「うぐっ……」

 

 おっと。思ったよりグサッと来たみたいに苦い顔をする如月。

 待て待て。勘違いしないで欲しい。


「言っとくけど、俺は如月がグチるほどストレス抱えてるのが嬉しいじゃなくて、グチってるところが見れて嬉しいんだ」

「…………すみません。意味がまったくわからないです」


 人舐めてます? と喧嘩腰に問われる。やだ怖い。


「えーっと、だから……俺は、お前が俺の前で愚痴を吐けるくらいまで素を出して、リラックスしてくれることに、嬉しさ? 達成感? 懐かしさみたいなのを感じたんだよ」


 如月澪には裏の顔がある。いや、存在するのも無理もない。

 己が信念のためといえどキャラを演じている反動と、陰口によるストレスを発散させようと垂れ流す素の一面。

 友人には絶対に見せないであろう、限られた者……ともすれば俺しか知りえない、彼女にとって最も見られたくない表情を久しぶり垣間見た。


 初めては偶然。

 それから数度に渡り彼女から。

 そして今、再び如月が自ら俺にその姿を露わにしてくれたことに一種の感動を覚えたのだ。

 

「な、何言ってるんですかっ。こ……このバカセンパイ!」


 そこまで懇切丁寧に説明すると、バツが悪くなったように如月がソッポを向いてしまった。


「だいたいですね……私、意味もなく愚痴言うタイプじゃないですし。何の不満もない時はこうして普通に――――っ!?」

「どうした?」


 と、唐突に言葉を詰まらせた如月。

 その真意が定かではないが、途中までの彼女のセリフで大方の予想をつけることができた。


 要は彼女の本性を知っている俺には、キャラ作りをする必要がなく、常日頃から不満は直接ぶつけているので癇癪を起さないってことだろう。

 うん。実に理に適っており、無駄のない考え方だ。

 俺としても共同生活をする以上、2人の間になるべく不満をため込まず快適に過ごしたいしな!


「如月」

「はい……?」


 顔の横に流したピンクオレンジの髪を摘まんで弄る如月に、俺は先輩として彼女を安心させるべく「うん」と大きく頷く。

 伊達にこの難儀な性格をした後輩の先輩やってないんだぞと、威厳を声色に利かせて、


「わかってる」

「は、はあ……」

「お前の気持ちはわかってるから心配すんな」

「…………………絶対わかってないわぁ」


 心の内を言い当てられた如月は、苦し紛れの抵抗にそう呟くのであった。



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!


 現在、本作はカクヨムコン11に参加中。よろしければ評価のほどして頂ければ、狂喜乱舞します。

 明日は19時40分ごろに投稿予定です!

 


 





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